レジェンズ小話
君と過ごした大事なとき
「なー、キザ夫。まだ終んねェのかよ」
「やかましいっ。大体、さっきからなんだ。今日の仕事は終らせてきたんだろうな」
ここは、ダックダックトイズ本社ビル最上階にある社長室。
摩天楼を見渡せる絶景のロケーションだが、部屋の主たちはそれには興味がないらしい。
ディーノは決裁中の企画書が詰まれたデスクを叩く。
「僕はこれを今日中に見たいんだ。それに約束の日は明日だろう? だったら、今日すべきことの邪魔をするなっ」
2代目社長として采配を振るいはじめたのは1年前。高校、大学とスキップを重ねて入社すると、若干二十歳で社長に就任した。先代社長はその椅子を押し付けるように息子に譲ると、開発部の一スタッフとして嬉々と働いている。
まったく、わがままな父さんだ。僕は社長になるのはまだ早いってあれほど言ったのに……。
そんなぼやきは、ディーノの胸の内でのみ零される。
「あー。仕事? してるしてる。明日するするっ。だからさーっ、もー、明日のことが気になって、仕事が手につかないわけよ。お前もそうだろ?」
カジュアルな服装と東洋人特有の幼顔のせいで、まだハイスクールの生徒といっても通るだろうシュウ。もちろんハイスクールは既に卒業済みで、大学には行かずにダックダックトイズに入社している。
昔からの友人付き合いの気楽さからか、それとも単にシュウの性格か、社長になったディーノの元に3日とおかずに通ってきては、秘書の淹れるお茶を飲んで一方的に喋って帰っていく。
ここ最近は、もう毎日だ。
「ああ、だが僕は仕事をすると決めたんだ。だから、出ていけっ」
「えー。そんな、冷たいじゃん。俺たちレジェンズクラブの仲間だろ〜。明日は久しぶりにクラブ員が揃うっていうのにさ。仕事なんかやってられないって」
デスクの前でジタバタ暴れるシュウ。それを見て、ディーノは諦めの溜息をついた。
シュウがこんなに自分のところにやって来る理由。
それははっきりとシュウ本人が口に出したわけではないけれど、言わなくても分かるというもの。それはきっと、マックやメグも、そしてディーノ自身も感じている大きな期待と、決して消えない不安のせい。
9年前のことは、きっとそれを本当に体感していた人たち以外には、話しても信じてもらえないだろう。自分たちがサーガと呼ばれる存在で、レジェンズたちと一緒に過ごしていたことなんて。その上、一緒にご飯を食べたり、一緒に遊んだり、一緒に会社を作ったりしたことなんて。
今でも、社長室にはダックダックトイズの手作り看板が掛けられている。
「……グリードー」
子供の掌、大人の掌、そして大きな大きなレジェンズたちの掌。
その掌が、あの時のことをウソじゃなかったと教えてくれる。彼らは、家族の歯車がまったく噛み合っていなかったスパークス家を救ってくれた。
世界を救ったとかほかにも色々あるけれど、それはグリコのオマケみたいなもの。
「もうすぐ、君と会えるね」
看板のひときわ大きな掌を見上げて、彼の姿を思う。
大好きな炎の竜。彼とどうしてもまた会いたかった。
ジャバウォックの復活を止めて、この世界が滅びるのを防いでくれたレジェンズたち。
彼らは、自らの役目を終えると、地底深くで眠りにつくという。
「我々の使命は終った。サーガたち、今までよくやってくれたな。ありがとう。これから我々は深い眠りにつく。さよならだ」
ガリオンの言葉に、レジェンズたちはおのおの頷いた。
「そんなっ。お別れなんて寂しいわ」
「メグ、大好き。ずっとそばにいたい。でも、ぼくたち、ここにいちゃいけない」
今にも泣きそうなメグを、ズオウが抱きしめる。直ぐに漏れ聞える泣き声は、サーガたちの気持ちそのもので。
人々は、レジェンズたちが世界を守ったことを知っている。でも、その一方で、レジェンズが世界を滅ぼそうとしたことも知っている。
今はいい。でも、いつか大人はレジェンズたちをまた利用するかもしれない。
そうなった時に、今回のように防ぐことができる保証はない。だから、文明の黄昏時が来るその日まで、レジェンズたちは眠りについていたほうがよいのだ。
頭では分かっている。だけど、そんなに単純に片付けられるほどの関係じゃないから。
「……離れたくないよ」
ポツリ、零れる。
「ディーノ……」
「いやだ。僕は嫌だっ。……これで最後なんて、絶対に嫌だ。僕は炎のサーガだろう? 僕が死ぬまで、ずっとグリードーのサーガでいさせてよ」
困ったように伸ばされた爪を抱きしめれば、身体ごと持ち上げられる。
「……ずっと、友達だ。どこに居ても、僕と君はずっとずっと、友達のはずだっ。ほかのみんなだってそうだ。なのに、どうしてさよならなんて言うんだよっ」
宥めるように、グリードーは大きな爪で頭を撫でる。
「ああ。俺もずっとディーノの友達だ。だが、俺達がここに居ちゃいけないのは分かるな?」
「嫌だ。置いていったら嫌だ……。僕をひとりにしないで、グリードー。君が居なくなったら、僕は、また僕じゃなくなってしまう」
イヤイヤと首を振るディーノ。その頬を舐めて、グリードーは笑った。
「お前にはほかにも友達がいる。俺にウォルフィやリーオンがいるように、ディーノにはシュウやマック、メグがいる」
涙に濡れた頬をもう一度舐め、な、と首を傾げる。
あやすようなその仕草。そんな風にされたら、我侭を言えなくなってしまう。鼻面に腕を回してディーノは抱きつく。
その様子を見上げていたシュウが注目、とばかりに咳払う。
「あのさ、同窓会しようぜ。そう、十年後、ここで。もう一度ここに集まるんだ」
「なんだって?」
「せっかく出会えたクラブの仲間だろ、俺たち。だったら、また会ってもいいじゃんか。絶対さよならなんてしない。また会うんだ」
怪訝そうに見下ろすシロンに向かってVサインを出して、ニカッと笑う。
「十年後、ここでリボーンって叫んでやる。……な、みんな?」
「うん。シュウ、すごいんだな。ナイスアイディアなんだな」
「いいわね、それ!」
子供たちが歓声を上げる。口を挟もうとしたガリオンを、シロンが視線で止める。
「……だからさ、キザ夫。もう泣くなって」
未だグリードーに抱きついているディーノを見上げ、シュウが笑う。
促されるように振られたグリードーの顔に、渋々ディーノは腕を解く。
「……キザ夫じゃない、ディーノだ」
一度涙を腕で拭いていつもの台詞を口にすると、少しだけ落ち着いた。グリードーの優しい瞳がそれでいいと笑う。
地上に降りてサーガたちの側に行くと、レジェンズたちはみんな笑っていた。
「約束だよ」
「ああ。十年後でも、二十年後でも、俺はディーノに呼ばれたら必ず会いに行く」
頷いて、もう一度だけ抱きついた。
みんながそれぞれレジェンズとの別れをしている間を、一陣の風が吹き抜けて行く。
「さあ、時間だ。また会おう、マック。そしてサーガたち」
グリフィンが告げると、カムバックしていないのにレジェンズたちはソウルドールへと変化して、そして。
「あっ!」
サーガたちのタリスポッドも、なにもかもを風がイーストリバーへと運んでいく。