レジェンズ小話
本当に最初から何もなかったかのように、屋上には4人の子供が立っているだけ。
「……行っちゃったんだな」
「うん……。またねーっ、ズオーウ!」
屋上の柵まで走ってメグが手を振る。マックとディーノもそれに倣って手を振る。
その背後で、すさまじい泣き声が響いた。
「……え?」
「シュウってば、我慢してたのね……もう、泣かないでよっ。私まで泣きそうになるじゃない」
「でも、悲しいんだな」
振り返った3人の目には、声の限りを尽くして大泣きするシュウの姿が映る。
つられるようにして、メグもマックも泣き出す。
「馬鹿だな、みんな」
みんなみんな、離れたくないのに、もの分りいい振りをして。
会いたい。今すぐに、また。だけど、それが駄目なのは、子供心にも分ってる。
一度止まっていた涙が溢れ出す。
子供たちは、涙が枯れるまで屋上で泣き続けた。
それは、とてもよく晴れた日のことだった。
十年後、約束の日の空は、あの日と同じように青く澄んでいた。
「よー。マック、メグ。リトルメグも元気そうだな」
シュウとディーノが連れ立って屋上に上がると、既にマックとメグが待っていた。
「あ、シュウ。久しぶりなんだな」
「ディーノも久しぶり。お仕事大変なんじゃない?」
小学校を卒業して、それぞれ進路が分かれても、みんなずっと友達だった。月に1度は絶対みんなで会っていたし、マックとメグの結婚式にも参列した。
「ああ。うるさいスタッフがいつも仕事の邪魔をしにくるからな。……ところで、本当に大きくなったね」
そして、メグの腕の中で笑っている赤ちゃんの誕生パーティ。もうそろそろ1歳になるはずだから、そのときもきっと盛大にバースディパーティをするんだろう。
「そうなの。もう伝い歩きするから、目が離せなくて大変なのよ。……抱いてみる?」
マジマジと腕の中を見るディーノに、メグが笑う。
「いや、いいよ。怖いし」
「あ、オレオレ! 抱かせてーっ」
「あんたは駄目」
変わらない、昔からの光景。マックがメグからリトルメグを預かると、シュウに渡す。
「とっても柔らかいんだな。だから、気をつけるんだな」
「おー。うわっ、泣くなよメグゥ〜」
「あんた抱くの下手ねぇ」
空に赤ちゃんの鳴き声が響く。そんな三人からほんの少し離れて、ディーノは柵に寄りかかる。
今日はとてもいい風が吹いている。こんな日なら、きっと、彼らはここに来てくれるんじゃないだろうか。
「ところで、どーしてリトルメグ連れて来たんだ? いつもなら、オフクロさんに預けてくるくせにさー」
シュウが首を傾げると、メグとマックはニッコリと笑いあった。
「ズオウに見せてあげるの。彼、子供がとっても好きだから」
「そうなんだな。僕もガリオンに見せてあげたいんだな。みんな幸せに暮らしているよって、教えてあげたいんだな」
破顔一笑。
ディーノとシュウも笑った。十年間、本当に幸せに暮らしてきた。それは、彼らがくれた、本当に素晴らしいプレゼントのお陰だ。
「……そろそろ、呼ぼうぜ」
シュウがポケットからネッカチーフを取り出すのに合わせて、3人も取り出す。センス皆無のダサいネッカチーフだけど、これはあの頃の大事な思い出が染み付いている。
「さすがみんな、分ってるな。よーし、行くぞっ」
ネッカチーフを握りしめたシュウが、それを天に突き上げた。
「「「「リボーンッ!」」」」
瞬間、ずっと吹いていた周囲の風が止まった。
ただ、サーガたちの周りにだけ風が吹いていた。それはとても、優しくて懐かしい風。
きっと時間にしたらそんなに長くない。だけど十年分の隙間を埋めてくれる時間だった。
「…………来たね。みんな。来てくれたね」
ポロリと涙を零してメグが呟く。腕の中の小さな子は、上機嫌で彼女のシャツを引っ張っている。
「うん。来てくれたんだな」
黙ってみんなが頷く。
たとえ姿は見せなくても、彼らはサーガたちに耳打ちして通り過ぎていったのだから。
リトルメグの笑い声は、きっとその証拠。ズオウが、ガリオンがこの子の頭を撫でていったからに違いない。
しばらく声もなく立ち尽くして、それでようやく歩き出す。帰ろう、なんて言葉は要らない。
「またね。シュウ。ディーノ」
マックに肩を抱かれて、嬉し涙を残したまま、ふたりとリトルはビルを下りていく。
手を振り終ると、柵に手をかけディーノは空を見上げた。
「……ずっと、君は僕の側にいてくれたんだね、グリードー」
辛かったり悲しかったりしたとき、いつも優しく暖かい風が吹いていた。だれよりも優しい炎の竜。
「シロンがさ。笑ってた」
ディーノの横で、シュウが策に背を預け、同じように空を見上げている。
「そう。……グリードーも笑っていたよ」
「そっか。あいつら、ずっと俺たちの側にいたよな」
ぽつりぽつりと零される言葉。ディーノは目を細めてシュウを見る。
「……昔っからさ。今みたいな風がたまに吹いてた。アイツがさ、いつも俺に話しかけてたんだ。それに、今さっき気づいた」
少し照れくさそうにして語るシュウの横顔。不意に、可笑しくなった。
「みんなそう思ってるさ。シュウが気づくとは、意外だったけど」
「……お前なぁ」
不満そうなシュウの声を聞きながら、声を上げて笑いたくなった。
この気持ちをなんといったらいいんだろう。嬉しくて嬉しくて、でも、急に泣きたくなるこの気持ちを。
満面の笑みが、急に泣きそうに崩れていく。
「ディーノ?」
歯を食いしばって、声を殺すようにして泣くのは、こいつのいつもの泣き癖。手を伸ばして引き寄せると、肩に頭を押し付けてやる。
「……グリードー」
かすかに零れる嗚咽に混じる名前は、ディーノが誰よりも好きな相手。きっと、ずっと側にいたのに気づけなかったことが悔しくて、情けなくて泣くのだろう。
仕方ないと、背中を軽く叩いてやる。
この十年間で、サーガだった自分たちは随分と変わった。メグとマックが結婚したのだって大きな変化だ。心のどこかに、みんなレジェンズたちがいた。だけど、それは心の真ん中にいたわけじゃない。
だけど、ディーノだけは違う。最初から心の真ん中にいて、ずっとその位置から動くことがなかった。
「会いたいのか?」
ふと思いついたままに聞と、肩に押し付けられた頭が小さく左右に揺れた。
「……分らない。会いたい。だけど、グリードーはいつも側にいてくれる。だけど、名前を呼んでくれないのが寂しいんだ」
なんだろう、このイライラは。
ディーノの肩を思いっきり押して身体を引き剥がすと、そのままガクガクく揺さぶる。
「よく聞け、サギ夫! 名前なんて俺が何度でも呼んでやる。ディーノディーノディーノティーノッッ」
「……、やかましいっ!」
茫然としたのは一瞬のこと。腕を払って馬鹿になったスピーカーのような頭を殴りつける。
「痛いじゃんか、キザ……じゃねぇ、ディーノ」
「うるさい。帰るぞっ」
耳朶まで真っ赤にして、ドアに向かうディーノ。その背中にシュウは飛びつく。
「ディーノっ」
「くどいぞ、お前っ」
そんなシュウを、思いっきりディーノは投げ捨てた。