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【夢魂】攘夷篇

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* * *

 寺子屋から少し離れた草むらで、双葉は夜空を眺めていた。
「お前も乙女だな」
「悪いか」
「いや」
 無愛想に答える双葉に苦笑して、高杉は隣に座った。
 普段は鋭い目つきで刀を手にして戦いに身を投じる彼女だが、やはり根は『女』だ。夜空を見上げる姿はそこらの女性と何ら大差ない。
 ただ一つ違うのは、瞳に複雑な想いが潜んでいることだ。
「《アイツら(天人達)》はあの星からやって来たんだったな」
 しばしの沈黙の後、夜空に散らばる光を見つめながら双葉は言う。
「そうだな」と、高杉も同じように空を見上げた。
 子供の頃はよく草むらに寝転がって、みんなと夜空を眺めたものだ。
 幼い瞳に映る夜空の星は、とてもキレイに輝いていた。
 いや、それは今も変わらない。
「知ってるか?流星に願いを唱えると叶うそうだ」
「女が考えそうなことだな」
 高杉は溜息混じりに呟いたが、続く彼女の言葉にはそんな生やさしい『夢』などないものだった。
「けど、そう言われた『星』から来た奴らは……私たちの大切な人を奪っていったよ」
 誰のことを言っているのか、高杉は考えるまでもなかった。
 吉田松陽。
 寺子屋で自分達に学びを教えていた彼は、『過激思想家』と釘打たれ幕府に囚われてしまった。おそらく子供に反乱思想を刷りこませる危険分子とみなしたのだろう。
 無論、『反乱思想』など幕府と天人の勝手な思い込みだ。しかし奴らは小さな異分子すら許そうとしない。だが吉田松陽が処刑されたとの知らせはまだ聞かないので、どこかの牢獄の中で生きているはずだ。
 恩師を取り戻すため、銀時と高杉と桂を中心に寺子屋の少年たちは立ち上がった。
 だが戦うたびに庭の墓は増えていく。骨さえ拾われず墓がないまま終わる侍もいる。
 そんな望まない最期を仕向けたのは、『星』からやってきた天人だ。
 奴らには憎む気持ちしかない。殺してやりたいほどの。
 なのに――
「なのに今でも星はキレイだと思ってしまうんだ」
 そう思ってしまうのは、幼い頃から見てきたせいだろうか。
 それとも、昔と変わらない輝きのせいだろうか。
「納得いかねェか」
「さあな。……でも嫌いじゃない」
 そう言いながら、双葉は夜空の星を見据え続けた。
 口には出していないが、おそらく心が落ち着くのだろう。
 確かに満天に広がる星空の美しさには、心が癒される。戦いで疲れた心身を休めるにはうってつけだ。
 しかし双葉の表情は硬いままである。
「こんな時ぐらい髪下ろしたらどうだ」
 後ろに一つに束ねられた銀髪を見ながら高杉は言った。
 戦うようになってから、双葉は腰まである長い銀髪を一つに縛るようになったのだ。戦闘の邪魔にならないのもあるが、それが彼女の覚悟の表れなのだろう。
 だが高杉には、彼女が自分自身を何かに縛っているようにも見えた。
「気を抜く暇はない」
「俺は下ろしてる方が好きだぜ」
 そう言われても双葉は髪を下ろす素振りをみせない。
 一度決めたら断固として崩さないのは昔からだ。意思が強いと言えば聞こえはいいが、心の許しを与えない我慢は毒にしかならない。それは肉体より精神的に影響を与える。
 本人もそのことは分かっているはず。だが、彼女の意思は変わらなかった。
「悪いがお前の好みに付き合うつもりはない」
「その方がお前らしいぜ」
「これが今の私だ」
 拒むように受け流すが、双葉は気づいていた。戦いに明け暮れ疲れている身体をせめて今は休めるように、それとなく高杉は促しているのだと。その気遣いはとても嬉しい。けれど、受け入れることはできない。
 戦争で傷ついているのは皆も同じだ。兄達はこの苦しみに耐えているのに、ここで一人彼の優しさに甘えるわけにはいかない。
「だったら肩の力くらい抜けよ」
「油断して奇襲されたらどうする」
「安心しろ。そしたら俺が護ってやるよ」
「私を護る?馬鹿にするな」
 引き締まった表情をさらに強めて、双葉は立ち上がった。
「私はもう護られてばかりじゃない。私は戦うと決めた」
 そう言って双葉は持っていた自分の刀を見つめる。
「この刀でみんなの笑顔を護り抜くと誓った。先生も必ず助け出す」
 双葉は手にする刀を強く握りしめた。
 ずっと何もせず、ただ兄達の帰りを待つことしかできなかった。寺子屋で待つことがお前なりの闘い方だと兄は言ったが、やはりそれでは駄目だ。これ以上笑顔を消させないためには、自分の手で天人を倒すしかない。
 何処かに牢獄されている恩師のためにも、そう強く双葉は心の中で決意していた。
 揺るがない双葉の瞳を見た高杉は、立ち上がって彼女と――身長差のせいで若干見下ろすようになってしまうが――目線を合わせる。
「ならどうだ。鬼兵隊に入って俺の下で戦ってみねーか」
 そう言う高杉から手が差し出される。
 彼が率いる鬼兵隊の一人として、彼と共に戦場を走る。
 それも悪くない。
 だが――
「お前の下で戦うなんてまっぴら御免だ」
 双葉は差し出された手を軽く払いのけた。
 最初は苦笑のめいたものを浮かべていたが、少し目を伏せて双葉は高杉に背を向けた。
「……お前とは同等の立場でいたいんだよ」
 双葉は少しだけ本音を口にした。
 幼い頃から同じ寺子屋に通い、同じものを見て、一緒に育ってきた。共に過ごしていくうちに築かれた二人の間柄を壊すような上下関係には、あまりなりたくない。
 どこか兄の面影を感じる彼に、いつしか淡い思いを抱くようになったが、それは胸に仕舞っておかなくてはいけない。そうしなければきっと……。
「え?」
 両肩を掴まれ、双葉は静かに振り向かされる。いつになく真剣な表情で見つめられ、双葉は言葉が出てこない。
 そんな戸惑う彼女を優しく見据えて、高杉はそっと唇を重ねた。
「……これで同じだろ」
 フッと笑みを浮かべながら、高杉は言った。
「兄者にこんなとこ見られたら……」
「いいじゃねぇか。銀時がどんな顔するか、見ものだぜ」
「……バカ」
 不機嫌そうに目をそらす双葉の頬は、ほんのりと赤くなっていた。それが彼女の答えであり、高杉も素直に喜んだ。
 そして二人はもう一度見つめ合い、互いの唇を交わした。

作品名:【夢魂】攘夷篇 作家名:karen