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【夢魂】攘夷篇

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 ……とここで終わっていたら二人にとって甘い思い出になるのだが、話はまだ続く。
「やたら熱い思うたら火元はここでっか」
 突然割りこんできた声によって、二度目のキスは直前で中断された。
 驚いた二人が振り向く先には、両手を顎(あご)にそえてにんまりと微笑んで寝転がる少年の姿があった。
「い、岩田!?」
「ワイにかまわず続けてええで~。せやけど一歩先越されてもうたな~」
 悔しそうに、しかし愛嬌のある笑みは崩さないまま岩田は立ち上がって二人に歩み寄る。
「ワイも双葉はん好きやのに。高杉はん、抜駆けはズルイでっせ。てなわけで、双葉はん」
 急に真面目な顔つきになり、岩田は両肩を掴んで双葉を自分に向かわせる。
「ここは同等に……ワイとチューを~!」

“ボカッ”

 タコのように伸びた唇で迫る岩田は、当然の如く双葉のアッパーカットで撃退された。
 歯を噛みしめてさっきとは別の意味で頬が赤く染まった双葉は、「帰る」とただ一言寺子屋に戻っていった。
 一方の岩田は殴られた顎をさすりながら苦笑を浮かべて、高杉と肩を並べる。
「ほんま強い娘(こ)や。ワイ、双葉はんみたいな気ィの強い娘好きやねん。高杉はんはどこが好きなんでっか?」
「てめーに言わなきゃいけねぇか」
 愛想良く聞いてくる岩田に、高杉は溜息をついた。
 ついさっき惚れた女にキスした男だというのに、岩田は嫌悪も突っかかりもせず気軽に話しかけている。明るく前向きな性格だからといって、普段と変わらないでいられるのは、ある意味大物だ。そんな彼に高杉はいつも《ペース(調子)》を狂わされる。
「……岩田、てめーよく俺と話せるな」
「さっきのチューのことでっか?こう見えてもワイ嫉妬してまっせ。けどここで喧嘩したって双葉はん悲しませるだけやし、高杉はんとも仲悪ぅなってまう。ワイそないの嫌やわ」
「……俺ら仲良かったか?」
「何言ってますの~。高杉はんはワイの恋のライバル兼親友でっせ」
「俺はそんなのになった覚えはねぇ」
「なら今からや」
「おいおい」
 やはり調子が狂う。
 しかし何にも臆せず誰とも接する彼の陽気さには、多くの仲間が親しみを感じていた。彼は戦争で暗くなりがちな人々の心に花を咲かせ、和ませていたのだ。ただ、そのことを本人は自覚してないだろうが。
 そんな陽気な岩田が惚れたのは、無愛想をふりまく双葉であった。
「にしてもよ、アイツにつきまとうたぁテメーも物好きだな」
「つきまとうって、ワイはストーカーちゃいまっせ。……ただ支えたいんや」
「支える?」
 高杉が聞き返すと、岩田は表情にどこか真剣さを潜めながら語り始めた。
「男の中に混ざって戦うなんてえらい度胸がいるのに、全然めげへんで頑張っとる。ワイはその姿に惚れたんや。それに『女の双葉はんがあないに頑張っとるのに、男のワイらがヘコタレててどないすんねん』って元気もらえるんですわ」
 敵軍に囲まれた男の侍たちが自害を覚悟していた中で、最後まで刀を振るうと地を蹴ったのは女の侍だった。その少女が闘う姿は岩田の瞳に焼きつき、同時に彼は強く心惹かれたのである。
「双葉はんやて疲れとるはずなのに、弱いトコは絶対見せへん。ほんまに健気やで」
「何でも我慢すんのが《アイツ(双葉)》の悪ィ癖だからな」
 呟くように高杉は言った。
 気が強い分、プライドが高い。銀時や高杉にすら本音をめったにこぼさない。
 迷惑をかけまいとしているのかもしれない。だが自分を押しこむような事をしていたら、いつか折れてしまう。
「せやから支える人になりたいんよ。双葉はんが意地張らなくてもええ人に」
「アイツは頑固だぜ」
 高杉の助言に苦笑して、岩田は真っ直ぐな眼で星空を眺めた。
「ワイこの戦い終わったら、双葉はんにちゃんと告るつもりですわ。ほな、それまで抜け駆けは無しっちゅことでええやろ」
「好きにしろ」
 爽やかに笑う岩田に高杉は冷たく言って、一人夜道を歩いて行った。



 暗闇に溶けていく高杉の背中を、岩田は変わらない笑みで見送る。
「……『好きにしろ』でっか」
 誰もいなくなった草むらで思い返すように岩田は呟く。
 どうやら高杉は自分の意見を聞き入れるつもりはないらしい。さっきの言葉は岩田が手を出しても心配ないという自信と余裕があるから言えたことだろう。
「ほな、好きにさせてもらうわ」
 どこか含みある笑みを浮かべる岩田の頭上で、流星が一つ夜空をかすめた。


=つづく=

作品名:【夢魂】攘夷篇 作家名:karen