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雀の翼を甘く見た

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3.5 安楽椅子軍師


3.5 安楽椅子軍師
 
「無礼を承知でお邪魔させて頂いております、孔明殿」
「……」
 返事は必要ないだろうと孔明は無言で男の前を通り過ぎた。処理済の竹簡を棚へ置き、そのすぐ横にある案件を取り上げる。その間も男がなにやら言っているようだったが耳には入らない。聞いたところで鼓膜が汚れるだけだ。
「―――たいない。少女一人では困ることもあるでしょう、力仕事でも構わ」
「先ごろ」
 ふ、と声を割り込ませる。なにやら言葉……というか、単語の途中だったようだが相手が喋るのを止めたからまあいいかと話を続けることにした。
「城下の商家で第一夫人が亡くなったという話を君は知ってる?」
「は、いえ、寡聞にして存じません」
 恐縮したように答える男を、そう、と一瞥し、噂話に興味がない、あるいは情報網が狭いと一つ不可をつける。軍師として立ちたいのならばくだらなかろうがなんだろうが世俗の話は拾っておくのが大切だ。下々の話は馬鹿には出来ない。この国の人々は大半が民衆だ。
「亡くなったのは新の頃から商業を生業とする一大商家の夫人でね。その美貌と聡明さは近隣に鳴り響くほどだったらしい。商家の若君が蔵を一つ空けるほどの贈り物を経て漸く婚儀に至ったという」
「その方が、亡くなったのですか?」
 うんと頷きながら孔明はもう一つ不可をつける。何のための説明かを彼は分かっていない。
「焼死だったそうだよ。湯殿から火が出てそのまま館は全焼し、焼け跡から夫人の遺体が発見された。……さて、」
 かしゃんとその報告を告げる竹簡を閉じて孔明は改めて男を見やる。途端に背筋を伸ばすのに遅いと不可を付けかけて、今のは私情だと内心で訂正した。
「ボクは今、何を考えている?」

 男は数秒の沈黙の後、生き生きと口を開いた。これが孔明の弟子になるための試験だと思っているのが手に取るように分かる。
「故意の出火であるかどうかをまずは確認しなければならないと存じます。相手は豪商、恨みもまた多く買っていることでしょう」
「うん」
 不可。
「もし故意であるならは実際に火をつけたのは恐らく金で買えるようなごろつきです。若君がそれだけ執着する相手です、黒幕は恐らく同じような商いを営む大きな家……。この辺りでは金か、あるいは」
「うん、もういいや」
 相手の言葉を止めさせて、孔明はぐるりと首を回す。続いた提言も不可だ。
「力仕事がしたいなら翼徳殿の指揮下に入るといいよ。あそこの訓練は厳しいから」
 出ていけと手を振れば、さすがに憤慨したのか男が表情を歪ませる。けれど男が食いついて来る前に執務室の扉が軽やかに開かれた。迎撃体勢に入ろうとしていた孔明は密かに舌打ちする。足音に気がつかなかった。思っていたより腹を立てていたらしい。
「戻りました、って、……」
 ほたほたした足音がいきなり止まる。さてどうすると一瞬の迷いとため息。八つ裂きは中止だ。困ったようにしている花に構わず孔明はこちらにおいでと手招きした。八つ裂きは中止であるが今のままでは男は納得しない。納得しなければ折れないのなら、骨の髄まで叩き伏せてやらなければならないだろう。花に聞くのは二重三重の意味で丁度いいかもしれない。
「花、ちょっと聞いてくれる?」
 問えばあっさり頷いて、けれど男を気にしているのかちらちらと視線を流す。不可、それは気に入らない。集中しろとばかりに指先で卓を叩いた。
「先ごろ」
 同じ言葉で切り出した。孔明のその声で花の意識の全てが孔明に向かう。私情を含んでいたとしもそこに優をつけてやりたかった。
「城下の商家で第一夫人が亡くなったという話を君は知ってる?」
「あ、はい。周りの人たちが言ってました。城内で同じことが起きたらどうしようって」
「そう」
 周りの人、とはつまり侍女のことだろう。花は朝議に参加できるような立場ではない。それでも彼女は話を拾ってきている。本質は捉えていなくとも良をつけていい。
「亡くなったのは新の頃から商業を生業とする一大商家の夫人でね。その美貌と聡明さは近隣に鳴り響ほどだったらしい。商家の若君が蔵を一つ空けるほどの贈り物を経て漸く婚儀に至ったという」
「……」
「焼死だったそうだよ。湯殿から火が出てそのまま館は全焼し、焼け跡から夫人の遺体が発見された。……さて、」
 焼死だったということまでまるきり先ほどと同じ口調で言い終える。見ると花は不審そうに眉を寄せていた。何も聞かず孔明をまじまじ見ているだけだ。相槌も打たなかった。その様子に内心笑って同じ口調で話を続けた。
「ボクは今、何を考えている?」
「何か企んでますよね」
 即答である。優、いや言い方が気に入らないから良かなと眉を上げて孔明は笑ってみせる。企むと言えば人聞きが悪いが、ある意味正しい。孔明は何を考えているか、と聞かれたならばまず最初の一歩はそうなる。孔明は何かを画策している。
「まあまあ、師匠からのお題だとでも思ってよ。言い方を変えよう、君は何を考える?」
 ここで花は初めて考え込んだ。全焼、と呟いてから花は孔明を見る。あの、とおずおずと口を開いた。
「見せてもらえますか? それ」
 差し出された掌を一瞬見つめて考える。先に聞いておいたほうが無難か、花は悪意のある行為はしないがそれを花の横にいる男は知らないのだし。
「いいけど、答えて。何を知りたいの?」
「延焼があったかどうかが知りたいんです」
 そうくるか。孔明は頷いて先ほどたたんだ竹簡を差し出した。素直に受け取った花が竹簡を開く。どこかなと呟きながらの目の動きがかなり遅いのはまだこちらの読み書きにいくらか不自由しているからだ。それでも優だ。自分の目で情報を確認するのは大切なことだ。
「ああ、やっぱりあったんだ……。師匠、こちらには消防隊はないんでしょうか」
「しょうぼうたい」
 聞きなれない単語に首を傾げた。その様子にないのかな、と呟いた花が迷うそぶりで口を開いた。
「火事を消す専門の組織を……、違う違う、まず、避難訓練をしませんか? 火事が起こったときを想定して、どこをどうやって逃げたら助かるのかを皆で確認するんです」
 ああなるほど。良。いや、優か。有事に備えるという意味では面白い意見だ。城を攻められたときへの応用も利くだろう。
「うん。それで?」
 先を促すと、それから組織、と続いた。
「さっき言ったしょうぼうたい?」
「それが理想ですけど……。でも消火の練習するだけでもいいと思うんです。ちょっと違うかもしれないけどバケツリレーとか」
「ばけつりれーって何?」
 また知らない単語が出てきた。両手を振り回して説明する花の言葉を聞きながら、こちらとは消火の仕方が違うのだと気がつく。彼女の国では水によって火を消すらしい。少し驚いた。
「君、島国出身だっけ」
「そうですけど……。あ、そうか、すいません!」
 自分で気がついたらしい。水が豊富な国でないと彼女の言うバケツリレーは話にならない。が、より良い消火方法を考えるという点を取って良とする。
「建物を壊すんですね?」
「そう。まあでも効率のいい壊し方を探るっていうのはいいかもね。専用の組織は無理かも知れないけど、うん、少し考えてみよう。……それから? 花の策はそれで終わり?」
作品名:雀の翼を甘く見た 作家名:kaoru