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雀の翼を甘く見た

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4.どうか、どうかどうかどうかどうか


4.どうか、どうかどうかどうかどうか

 花は綺麗で大きな翼を持った。青洲軍を余裕で乗せて彼女は笑う。自分が何をしたいのか、理想はどこかを把握して、そこを目指して飛ぶための覚悟と信念と行動力を備えた子になった。本を抱えて師匠と呼ぶ姿はもう迷子にも雛にも見えない。立派な軍師で孔明の自慢の愛弟子だ。
 だからもうここまでだ。あと少し、もう少しとずるずる引き延ばしてきたその時に幕を下ろそうと決めたのは花の本の表紙が変わった、その翌日だった。弟子がためらっているなら背中を押すのが師匠の役目だ。
 そして花のために孔明ができることはそれでもう全部、終わりだ。

 街へと連れ出したのは孔明にしては珍しくほとんど裏のない、ただの自分のわがままだった。
 花に見せたいと思ったのだ。彼女がしてきたことの結果は悪いことばかりではないことを教えてやりたかった。ちゃんと出来たんだと、花のしたことは無駄ではないことを見せたかった。
 花は目を丸くして孔明の話に耳を傾ける。指差す方向に素直に目をやって、疑問を口にする。その態度に孔明は参ったなと内心で苦笑した。教えれば教えるだけするする飲み込む子だからあれもこれも詰め込みたくなって困る。けれどそうやって花にこれからの事を話すのは孔明にとっても救いになった。
(ああ、まだあるんだ)
 ためらう花の背中を押すことが孔明の師匠としての最後の仕事だと思っていたけれど、そうではないことに気がつけた。
 道を整え街を実らせることは花の夢だ。戦いのない世界にするために必要なことだ。
(だったら大丈夫)
 それが分かったから孔明は花と笑い合える。悲しい気持ちがないわけではないけれど、それでも孔明は嬉しかった。花がいなくなっても世界は消えない。やることがある。だから嬉しい。嬉しいことが、嬉しかった。
 繋いだ手を離して、最後に一度だけ振り返ってもらった。自分はいい師匠だったか、この世界は好きか。
 その両方に花はためらうことなく頷いた。それでもう充分だ。花は孔明の欲しいものを全部くれた。
 取り出して見せた本に花が顔を蒼白するのをいたずらが成功した子供のような気分で笑いかけた。口端はとても滑らかに上がる。
 大丈夫。
(笑って、花)
(ねえ、ボクは今上手にさようならを言えているでしょう?)


 花は孔明が願っていたとおりに成った。だからもういいのだ。さようならがどうしても言いたくなくて無理やり連れ出したのに花はきれいに笑っていた。甘い物があんなに好きだなんて知らなかった。それならもっとあげればよかった。あんなことで簡単に彼女が笑うなら一人で膝を抱えて泣いていた時にでも差し出してあげられたら良かった。それはきっと師匠の許容内だったのに。
(花はきっと幸せになる) 
 だからもういい。これで孔明は全部を終わる。花は約束を守ってくれた。欲しいと思う未来をくれた。だからもういい。充分だ。これ以上はもういらない。これ以上もらったらそれに見合うものが返せない。
(笑え、笑ってさよならだ。例え花の記憶に残らなくても、それでも)
 幸せにと馬鹿みたいに繰り返す。思考回路が繋がらなくなってきて、そんなこと初めて体験しているがそれでも笑ってくれ、幸せになってくれと、そんなことばかりが何度も何度も頭をよぎる。
 待って、と花が泣く。それに大丈夫だよと返したくて、けれど返せなくて孔明は笑みを深くした。今の自分はいつかの晏而のような目をしているだろうか。しているといい、あの目は綺麗だったから。
 花の目に写る最後の孔明が、綺麗で穏やかだといいと思った。
(幸せに)
 なってくれ。泣かないで。笑う顔が大好きだった。亮君、と諌める苦笑も、師匠、と呼ぶ泣き笑いも、何もかもが大好きだった。
(この子は幸せになれる)
 だから大丈夫。何も憂う事はない。心地よく指に引っ掛るものをめくりながら孔明は笑う。
 笑う以外の選択肢がない。
(この子は幸せになれる)
 師匠と呼ばれて視線を上げた。最後に見ることになるだろう花は目が真っ赤で、頬も真っ赤で、それでもどうしようもなく可愛らしかった。笑ってよと茶化そうとした口がうまく動かず、それで漸く孔明は自分ががちがちに凍っていることを自覚した。孔明の見る花の最後の姿はこのまま、切羽詰った泣き顔になるのだろう。
(……笑顔が、良かったな) 
 けれどそれは自分のせいなので仕方がない。孔明の記憶に残る花の笑顔は多いから、それでよしとするべきだろう。大丈夫の代わりにもういちど、深く笑って見せた。
(ちゃんと出来るよ、大丈夫)
 花が笑ってくれるなら、それで後はもういい。どうでもいい。さようならをまだ言えない孔明の代わりのように、本からまばゆい光が溢れだした。途端にさらに涙を零した花へ孔明は静かな目を向ける。
(この子は幸せになれる)
 嘆く必要はない。花は蓬莱かと思うような美しい国へ帰っていく。自分はここで花との約束を、少しでも長く叶え続けるために生きていく。それだけだ。それだけの話だ。
「―――ほら、お迎えの光だ」
 さよならの時間が過ぎていく。あの日誓ったように孔明は笑う。花にあげた翼は綺麗だ。この世界が好きだと振り返ってくれたからそれで本当に全部が叶った。大丈夫、孔明は今、ちゃんと嬉しい。
(上手にボクは、振れたかな)
 何すればいいと、いつかに言った晏而の目をまた思い出した。ああでありたいと思った目を孔明は今しているだろうかどうかがやはり少し心配だった。
(幸せになれる、幸せになれる、幸せに)
(なれ、る、)
 何度も繰り返していなければ膝から崩れ落ちそうだった。

 幸せにおなりという最後の言葉は届いただろうか。花が消えた先で、ずっと彼女が羽織っていた外套が風に揺れていた。これは置いていくのかと頭のどこかが冷静に考えている。
(こちらの世界のものは何一つ持ち出せないのか)
 けれど孔明が花に渡したものは目に見えるものではない。こちらの記憶が消えてしまっても孔明が花にしめしたことが活かせるといい。
 何を出来たのか、何が出来なかったのか、何をしたかったのかを常に考える。花に教えられたことだったけれど、それは今は孔明の基軸にもなっている。そんな風に彼女の中に自分が残っていればいい。
(花は幸せになれる)
 だからもういい。もう抑えなくていい。思うと同時に膝から力が抜けた。
(花)
 外套。持って帰って玄徳に花は帰ったと伝えてそれからまた仕事をしよう。道を整え貿易を成り立たせる。花。もういない。
(花、は)
 もういない。けれど幸せになれる。ここではない豊かな世界で、孔明ではない誰かと、孔明には知りえない幸せを。
(あ、しまった)
 いつもいつも敢えて止めていた思考の先を初めて動かしてしまった。胸がきしんだけれど、もう今更かと放っておくことにした。
 もう孔明が何をしても花にはばれない。だからもういい、とようやく感情を表情に出すことを自分に許す。
(花がいないの、やだ)
 そんな駄々も許すことにした。もうずっと禁じてきた言葉だ。行かないで、そばにいて、ここにいてまた手を繋いで。子供が叫ぶように溢れる願いをどこか他人事の様に眺めていた。
(どうか、あの子が幸せになれますように)
作品名:雀の翼を甘く見た 作家名:kaoru