二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

雀の翼を甘く見た

INDEX|2ページ/16ページ|

次のページ前のページ
 

 彼女の存在はあまりにも現実離れしすぎているから頭がうまく飲み込んでくれないのかもしれない。あるいは幼いころの体験が警鐘を鳴らすのかもしれない。止めておけ、終わらせておけという内心の声に首を振りつづけて待って待って、その結果がこれだ。
 手中におさめることは到底出来ないと思い知ったのは狂うかと思うほどに待ち焦がれていた再会の瞬間だった。どういう理屈なのかはまるで分からない。気がついたらいたというのが一番正しい。そして、唐突に現れて困ったように周囲を見渡している彼女は孔明の師でなかった。その細い肩に、この人こんなに小さな人だったのかと思わず凝視してしまった程度には頼りない迷子に見えた。それでも戸惑った気持ちを押し隠して渡した言葉は結構な無茶振りだったのに、それに素直に従う辺りは孔明の知っている花だった。もうちょっと人を疑いなよと思ったことは数知れず、けれどそんな風に思うのは実に十年ぶりだった。
 孔明はそこで日が暮れるまで呆然としていた。飲み込んだはずのいくつかが喉元を切迫してくるのを無理やりまた飲み下してを繰り返していたらいつのまにか夜だった。
 夜が来たと理解したと同時に反射的に空を仰げばいつもどおりの、けれどどこか違う星が孔明の目をうった。あれだけ探していたはずの星が驚くほどあっさりと輝いている。恐らく十年ぶりに現れただろうその星は彼女のこれからの未来の可能性をいくつか示していた。死に至るもの、某かに囚われるもの、可能性は様々あって、だからこそ彼女はやはり理から弾かれた存在なのだと孔明に痛烈にその事実を叩き込むだけ叩き込んでくれる。通常、人のさだめはこんなにも枝分かれはしないものだ。だから、と彼は知らず唇をかんで決意した。
 あれを引き寄せる。遠く遠く、彼女の中に眠る可能性の中でもずいぶん難しい場所にある、あの運命を手繰ってみせる。
 だって彼女は帰りたいと言った。自分の日常に戻ることが望みだと言った。だから。
 それがどうしたと開き直るには、孔明はもう彼女の事を思いすぎた。あんなに寄る辺ない彼女が何かを選択したなら、それがなんでも孔明だけはうんと頷いてやろう。でもせめて彼女が子供との約束を守ってくれたらいいと思った。そうしたらそれを代償に孔明は終わらせる。充分だと笑ってみせる。きっと誰より上手にさようならと手を振れる。
「あれをあげるよ、花」
 手を振ること、頷くこと、代償が払われたのなら終わらせること、それを自分の天命にしようと孔明はもう決めた。
 腕を伸ばす。師のように天地を回すことなどたかが人の身でしかない孔明には出来ない。けれど星と星の間にたゆたう糸を掴むくらいのことはできるはずだ。
 そしてきっとそのためだけに、孔明はあるのだろう。ならば孔明を孔明たらしめる核を強い信念と揺るがない覚悟で包むのだ。あの人のように。
「ボクが君に、あれをあげる」
 言葉にすれば背筋が伸びた。今まで成してきたこと、成してこなかったこと、成してこれなかったことが頭を巡る。この思考は新しい何かをしようと思うたびに勝手に動く孔明の癖だ。
『何が、したかった?』
 いつもは天啓のように聞こえるかつての師匠の声が今の孔明には痛かった。
「あの人のそばにいたかった」 
 確認するように呟いて孔明は目を閉じる。過去形で言うならまさしく彼の希望はそれだ。では。
『何がしたい?』
「あの子に幸せになってほしい」
 笑ってほしい。そのためならあとはもうなんだっていい。どうでもいい。あの子が笑って、幸せになればいい。だから。
「帰したい」
 ならば、と彼の頭脳が働き出す。すべきこと、すべきではないことが思考を満たす。動くのは早いほうがいい。彼女がなにかを選択するときには全ての準備が終わっているように。彼女の願いが叶う未来への可能性を少しでも開いておきたかった。
 待って待って待ち焦がれていた日はさよならへの秒読みが始まった日だった。
 涙も出ないくらい胸が痛いのに、それでも会いたくなかったなんて思うわけがない。
作品名:雀の翼を甘く見た 作家名:kaoru