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腐れ縁歴ウン百年目の発覚事項

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 私とあいつとで、なんとなく続いている事がある。


 最初はいつだったろう。
 あの時の日時を私が確認する事はもう出来ないけれど、日記をつけているあいつならもしかしたらわかるかもしれないけれど、ともかく、互いに下積みの日々に身をやつしていた頃だ。
 当時の私は数多くいる使用人の内のひとりだった。出かける事はあれど、それだってもっぱら近くの町や自分の国への里帰りばかり。遠くの土地へ赴く事など本当に稀で、だから、あいつと顔を合わせる場合は、向こうがふらりと訪れた時がほとんどだった。そしてそんな気まぐれな対顔に時折、あいつはあいつの上司と、その従者として正装を纏い現れる時があった。
 もちろんそんな正式の訪問なら、一介の使用人が、まがりなりにも客人の立場のあいつと顔を合わせる事なんてない。それでもおぼろな記憶に残っているのは、単純に向こうが会いに来たからだろう。
 けれどいつもの、人をからかう、えばりんぼな調子はそのまま。外見だけはきらびやかで重そうでかっちりとした服と、髪を上げ整え相貌をさらしたよそ行き用で、その対比は見事に当人の幼さを際立たせていた。
 そしてどこで手に入れてきたのか、手には木苺をころころと乗せ、あー疲れたーお前も食うか、なんて気軽に言うものだから、むかっときた覚えがある。
 だってこっちはまだまだ仕事中。それと、未だ下働きばかりの、彼のように国政にまつわる場に間接的にすら関われない立場のままだったのだから、そのやつあたり全開の行き場に手を伸ばしたのが、きっとはじまりだ。
 木苺ではなく、あいつの撫でつけられた髪へと手を伸ばして、ここぞとばかりにわしゃわしゃと掻き乱した。
 当然あいつは慌てた。その手に乗せた小さな果実がなければ、私の手は払われていただろう。けど、木苺を落とすまいとしながら私からは逃れようと変な体勢をとるあいつに、両の手という十全な武器をもって迫るのは容易かった。
 結果、そこには大嵐の後みたいにくしゃくしゃになった銀の短髪と、それこそ木苺みたいに真っ赤にふくらんだ顔が出来上がり、私はすっとする思いで胸を逸らしたものだ。

 私はこれを、体格的に対人戦がなかなかむずかしくなってきた中で、物理的にあいつをやり込める、とても良い方法だと思った。なぜなら、髪をこれでもかというぐらい崩した時は、涙目になって「俺様のかっこいい髪型がー!」などと絶叫したり、不機嫌そうにむくれたり、ムキになって顔を赤くしたりと、そう、負けて悔しがる時の反応が顕著だったからだ。
 ……まぁそれは、同じようにやり返された時の私にも通ずるけれど。
 とかく、この手段はあいつがほどほどに嫌がる、困る方法として、私は認識したのだ。
 一度なんか、怒りに任せ夜中に忍びこみ、寝入り端のあいつに呪詛めいた声で延々と安眠妨害をしながら頭をくしゃくしゃにした事だってある。

 そういえば、こんな事もあった。
 寒い日だった。鉛色の空というのはこういう曇りの日をさすのだろうと、思いはしたが感慨も何もなく、ただ書類の山から逃げるように窓の外を見ていた日。
 暖房を入れる事もせず、単調に現れ消えゆく白息に、帰ったら厚手の毛布を引っ張り出さないと、と頭の中でする事メモに一行付け加えた時、事務的なノックと挨拶が、がらんどうの部屋に響いた。
 席を立つことなく、また視線も送らずにどうぞと答える。静かに開いて静かに閉まった扉を、そこでやっと見やれば、制帽とコートを着込んだ長身の男が立っていた。特徴めいた容貌の一切をその服装の下に潜ませて。
 先に声を聞いていなければ誰とも認識出来なかったであろう格好のあいつから、二、三の連絡事項と処理の終わった書類の引き取りの旨を告げられる。何枚か仕上げていたそれらを手渡した時、指先が触れた。
 誰でもない誰かに扮していたあいつから、冷てーよとあいつ自身の言葉が出てきて、私は少し安堵したと思う。
 寒さに身を強張らせるように、あの北の土地では誰もかれも、あいつや私も例外ではなく、どこか、なにかを冷やしてしまっていたから。
 で、暖房いれろとかお前はまだ寝てるべきとか、何かを皮切りにしてするする言葉が出てきた割に、あいつ自身の表情は見えないままだったのが面白くなくて、帽子をとって、そう、きちんと髪を整えてたあいつの顔を、そこでやっと拝んだ。
 前髪をあげ、遮るものは何もないのに、頑なに自分自身すらをも映すまいとしている、形作った無表情。
 それがこの北の土地で、儲からない仕事をこなす為に彼が身に付けた処世術のようなものだとは知っていた。知ってはいたけど、この場にたったふたりしかいないのに、私相手によそ行きの仮面を被ったままだというのが気に入らなくて、とりあえず崩そうと思い立った。
 冷え切った指を髪に差し入れわしゃわしゃと撫でまわす。冷たいだの、まだ仕事あるのにどうしてくれんだなどとのたまいていたけど、不思議とやめろとは言われなかった気がする。
 私の手がそこそこぬくまり気も済んだところで、私はあいつに帽子を目深に被らせる。その時のあいつの表情に少しむくれた色が見えたので、私は久方ぶりにしてやったりと思えたのだ。


 苛立ち紛れに。ただの楽しさに。その時々で衝動の理由は違えども、じゃれあいにも似た何かは、思い返すと地味に続いている。
 けれど、もしかしなくても。この認識を改める時がきたのかもしれない。