Curiosity killed the cat.
「好きよ」
予想とは真逆だった。
「……へ?」
それは短く、簡潔で意味も明白なもの。けれど、それを理解するのにレイヴンは数秒を要した。間の抜けた声に更に苛立ちが高じたように、リタは早口で言い募 る。
「好きだって言ってるの。言っとくけど、あんたと違ってからかってる訳じゃないし、あたしは正気だし熱もないわよ。ついでに 補足するなら、さっきのあたしの答えは本当だけど理由の全部じゃない。これだけ言えばわかるでしょう?
……それで。これを聞いて、おっさんはどうするの?」
面食らったまま動きの極端に鈍い頭でも、少女の言いたい事は理解できた。わかり過ぎるほどに。紡がれた言葉よりも 何よりも、声に乗せられた感情が、叩きつけるように告げていた。その想いは真実だと。思い込みや紛い物などではない、紛れもない本物であると。……けれど。
戸惑ったまま、レイヴンは指の腹で無精ひげを撫でる。どれだけ思い巡らしても、返すべき言葉が見つからない。そもそも、今までそんな風にこ の少女の事を考えたこともなかった。ここは、誤魔化しながら少女を宥めることがおそらく得策なのだろう。だが、少女が正真正銘の本心をぶつけてきている以上、どういった形でも応えを偽ることをしたくないと、そう思った。
「どうって、言われても」
だから、そんな曖昧な呟きしか返せない。……おそらく今考え得る中で、最も彼女の心を逆撫でするものだととわかっていても。
リタの双眸が大きく見開かれ、透き通った碧が揺らぐ。―――泣いてしまうだろうか。そう危惧した瞬間、リタの表情が一瞬だけ歪んで、すぐにまた睨み付けるような強いまなざしを作った。そして、すぐに何もかもを振り払うように乱暴に立ち上がり、レイヴンをわざと視界から外し明後日の方向を見据えたまま。
「何も返さないなら、もう二度とそんなこと言わないで」
無理に抑えているとすぐにわかる、かすれた声音でそう言い残して、 足早に立ち去った。
その場に一人、残されて。
レイヴンは、少女が踵を返す前に垣間見た横顔を思い出した。唇を噛み締めて、無理に強がろうとしていた痛々しい表情。それが、リタの背にかけようとした声全てを封じ込めた。……他でもない、自分が傷つけた。その事実が、胸の最奥を締め上げる様に苛む。
その痛みの故を己の内に探しながら、少女の後姿が消えた扉の向こうを、ただ、見遣る。
「俺、どうしたらいいかねえ……」
ぽつりと落とした呟きに返る答えは、なかった。
作品名:Curiosity killed the cat. 作家名:緋之元