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神のまにまに

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「ねえ、先生」
艶やかな黒髪の少女が、上目遣いに問いかける。
極月はくわえていた煙草を指に挟んで、ふう、と細く煙を吐き出した。
「何だ?」
悠長に問い返すより先にするべきことがあるのは承知している。辺りにはすっかり夜の帳が降り、この辺りは明かりも人気もない。義務教育中の少女が、いつまでもウロウロしていていい場所ではない。
しかし、そう言い聞かせたところで、この少女は聞きやしないのだということも、極月はよく承知していた。
誰にも気兼ねなく煙草を吸いたいから邪魔をするな、と言っても、いないものと思ってくれたらいい、と平気な顔で言う。そのくせ、無視をしたら不満そうにこちらを睨むのだ。
勘弁してくれ、と思う一方で、この少女との奇妙な関係を、案外悪くはないと思っている自分を、極月は自覚していた。
ろくでもない。だからこそ、強く突き放すことができない。
「わたし、小雪さんに似ている?」
少女はまっすぐに問いかける。
極月は薄闇の中で一瞬息を止め、それからおもむろに煙草を片手の空き缶灰皿に押しつけた。
「……どうしてそんなことを訊く?」
「みんな言うわ。お母さんも、おばあちゃんも、……伯父さんも」
少女の実家は暦神社だ。家族の面々は、極月も幼いころからよく知っている。特に少女の伯父は、年頃も同じで、幼なじみと呼べなくもない間柄だった。
「そうか」
少女が長じるにつれ、生前の小雪を知る者は皆、生まれ変わりのようだ、と言うようになった。特に少女の家族には、そういった思いが強いのも、無理からぬことだった。
小雪の死は、あまりに突然で、早過ぎた。
小雪を取り巻く人々は、多かれ少なかれ、未だにその死を受け入れることができていない。そしてそれは、おそらく極月自身にも言えることだった。
「先生もそう思う?」
しかし、物心付く前からそんなことを言われ続けた少女の気持ちはどうなのだろう。少女はこれまで、さして気にするような素振りを見せたことはなかったはずだ。
「――似てねえよ」
素っ気なく言い捨てると、少女は華奢な手で、きゅっと極月の袖を掴んだ。
「本当に?」
真剣な眼差しで念を押す少女に、極月は逆に問い返す。
「似てるって言ってほしいのか?」
極月は新しい煙草に、マッチで火を灯す。
薄暗い夕闇の中に、一瞬、赤い炎が広がって消える。
「……わからない」
少女は少しの間考えてから、長い睫を伏せ、ぽつりと呟いた。
「けど、どちらの答えでも、わたしは傷つくし、うれしくて泣きそうになるんだと思うわ」
「何だよ、そりゃ。じゃあ、どうしてそんな質問を俺にした?」
煙草を口の端に挟んだまま低く笑うと、少女はまるで意に介した風もなく、大きな黒い瞳で躊躇いもなく極月を見上げた。
「先生は、小雪さんに会いたい?」
「俺の質問は無視かよ」
「答えて」
有無を言わさぬ切迫した空気に、やれやれ、という思いで極月は肩を竦めた。こんな幼いなりをしても、女は女だ。およそ女らしさの欠片もないような小雪でさえ、こういうところがあった。
極月はその度に閉口させられて、衝突の末に冷戦状態になったところを幾度となく弟に取り持ってもらったものだ。
「――あいつの顔なんざ、見たくもねえよ」
極月の答えに迷いはなかった。
二度と顔も見たくない、と何度も思った。本当に数え切れないほどだ。
極月は、自分の指先の煙草から立ち上る紫煙の影をじっと見つめる。闇夜の中に漂い溶ける煙は、ゆらゆらと頼りなく、おぼろげだった。
「……ただ、声だけは、聞きたいと思うことがある。偶にな」
低く呟いた声は、自分でも意外なほど平淡だった。
意外に思ったのは当人だけではなく、目の前の少女も同じのようだった。怪訝な表情でこちらを伺う少女の眼差しに気づき、極月は小さく笑った。
淡い煙の向こうで、忌まわしいほど懐かしい面影が重なる。
目の前の少女は、あの女の生まれ変わりなどではない。それは極月自身が、誰よりも知っている。
なぜならば、極月は今もまだ、あの女がこの現し世のすぐ傍らで自分たちを見ていることを知っている。姿を見たことも言葉を交わしたこともない。それでも、その存在だけは、かすかな気配だけは感じている。
それが単なる錯覚なのか否か、極月には確かめる術がない。
人の記憶など、儚いものだ。
一生忘れられるはずもないと思ったあの女の声さえ、今はもう、蘇らせることもおぼつかない。
「――家に帰るとね、百合の香りがいっぱいなの」
少女が、硬い声音でぽつりと呟く。
「毎年この季節が小雪さんでいっぱいになるのを、私はいつも、じっと息を殺してやり過ごしている」
少女の横顔には憂いの陰さえなく、その凛とした面差しは、凍てつく月の光のように見えた。
「……そうか」
極月はただそれだけを、煙と共に吐き出した。
「かわいそう、って言わないの」
「言ってほしいのか」
「……わからない」
少女は再びそう呟くと、極月の腕に額をすり寄せた。
かすかに香るのは、白百合の花。
あの女の移り香だった。
「――そろそろ帰れ。みんな心配する」
虚空を見上げたまま、乱暴な手つきで少女の頭を撫でる。
指先に絡まることなくすり抜けていく柔らかな髪の感触を、どこか名残惜しく、懐かしく思う自分に、極月は小さく嘆息した。
作品名:神のまにまに 作家名:あらた