オリジナルの話
「……少しばかり調べた。名は雷と言う。兄達と弟達だ。その兄弟順は……言い切れはしないが、今ここにある三体の内の、この長身の二体と別に管理されている一体に比べたら上背はなく、しかし明らかにこの小柄な一体よりは長身だから、恐らく今に四号機と言われる通り、四番目に造られたのだろう。まあとにかく。私もあそこで眠っている雷と他の四体に関連があるとは全く思えなかったし、信じる事も出来なかった。」
「……私が雷と、四体の繋がりを確信したのはこれだった。さっきお前が驚き、恐れていた……」
部下がしたのと同様に、長身の人型に無惨に刻まれた目の傷を手の平でそっと撫でる。
「……こちらの人型は直ぐに分かった。遥か昔応戦するブルーの軍を最も苦しめた破壊兵器、暗黒惑星の防人だった“刃”。」
「ブ……ブラックの防人……!!」
怯えさせる為に話をしているのではないが、それを聞いた部下がまた身を震わせた。
「……信じるのもそうでないのも後世の私達の勝手であろうし、お前はこう言った話は嫌うかもしれないが。」
音一つしない部屋の中、男は長身の短髪……刃をじっと眺めながら淡々と言った。
「あそこで眠っている雷には一つ伝承があるのだよ。」
「伝承?」
「……私がそれを知った切っ掛けは前責任者、ブルーの対他惑星の外交史も研究していた偉大な先輩からだった。更にあの人は師であった学者から聞いたと言う。」
「……」
「雷は刃を愛していた」
「……それは兄弟でしょうから。」
「そして刃も雷を愛していた。」
「……それは。」
「雷に深く愛されていた刃は……原因は分からない。しかしある時雷を嘆き、防人として致命的な傷を自らの体に刻み付けた。」
「……それはもしかして。」
二人は損傷の激しい刃の、特に大きく傷の付いた頭部を見詰めた。
男が頷く。
「防人の役割に支障が出るのだから、額ではなくこちらだろう。この……完全に目まで達していただろう深い傷。」
「……」
「弟の為に防人でありながら両目の視界を自らの手で断った兄。……私はただあの恐ろしい最終惑星の、更に掃除屋と後世にまで言われた刃と言う、この目の前の機械が分からなくなった。」
僅かに届く夕日の橙に刃の顔が照らされる。
酷く傷付いたその姿と、またブラックの防人と聞いてただ恐怖ばかりを抱いていたが、この元防人もまた、どこか悲しそうな表情をしていると部下は思った。
展示されている雷と同じ様に。
「……こうして私はあそこで眠る雷と刃達他の四体の関連を見出し、逆にその切っ掛けとなった刃が分からなくなった。それまではただ、あの血にまみれ続けるブラックの掃除屋……五体の中で最も多くの人命を断った兵器だと思っていた。……その矢先にこの倉庫内で一つの映像を見付けた。」
「?」
「雷と刃と……いや、防人五人の最後の日々を残した映像だ。」
「それは一級資料……」
「今ここでお前に話した以外には、誰にも言っていない。」
「……」
「……とても古い映像だった。憔悴してはいたが最終惑星の元防人とは思えぬ程温和な顔をした刃が映り、刃が映るコマには必ず雷がいた。……刃は雷の方向を確認して、雷は刃を見ている。どちらも至福の只中にいる様な笑みを浮かべている。ただそうしているだけの場面も幾つかあった。音声はいかれてしまって色も碌に出ていない映像だが、刃も雷も口許は動かしてはいなかった。……映像の中の二人は恐らく、何も話していなかったのだろう。」
「……私はあの映像の中の雷が一番好きだ。いくら私が整えてやってもあれ以上に美しくさせる事は出来ない。兄弟達と僅かな最後の時を過ごし、言葉を交わした気配すらないのに、ただ刃の傍らにいて、この上なく幸せそうな表情をしている雷が。」
「総責任者……」
「……あの映像を見てから雷と、あろう事かあの恐ろしい惑星の防人をしていた刃にも愛着を持ってしまった。映像については一級の資料であっても二体を邪推する者や、好奇の目に晒す事は忍びないから、中央への報告と展示の申請もまだしていない。」
「……近い内に、それ……見せて頂けますか。」
男は一瞬驚き、直ぐに嬉しそうに言った。
「ああ、いいよ」
部下と話を続けながら、男は来訪者達を引き寄せる展示された雷の表情の理由が分かった様な気がした。
兄弟達と離れただ一人、見世物となった事を悲しんでいるのではない。
寧ろ兄弟と……愛し合っていた兄と離れてまで今も雷は訴え続けているのだろう。
星の防人は皆、人の命を奪い続けていたが人と同じ思いを持っていた事を。
そして何より愛を受けた自分が存在し展示され続ける限り、最終惑星の防人は恐ろしい非情の存在ではなく、優しい人の心を持った者であったと。
(……)
今迄幾度か考えていた、雷を展示から外しこの一室に……刃の傍らに戻そうとしていた案が、男の頭の中から昇華する様に消えていった。
(刃の為に雷はそれを望まないだろう。)
三体を大切そうに眺め、ふと外を見ると橙の日が沈んでいる。
「もう戻ろう。廊下で武官とすれ違ったらお帰り下さいと言われてしまう時間だ。」
立ち上がりながら言い、部下を促す。
慌てた部下は先に退出し、一人になった古い一室の扉を少し開き、男は振り向きざまに物言わず動かない三体にそっと、話し掛ける。
「また来るよ。必ず。」
そして三体の真ん中に置いた刃を見た。
「私が居なくなっても君達を知る者がまた、いつまでも、いつまでも……」
「だから今は、さよなら。
また一年後に。」
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