オリジナルの話
人の少なくなった母星でも、生命の循環は断ち切れてはいなかった。
初老に差し掛かった婦人と、その前を十人程の幼子達が歩いている。
恐らく老婦人は保母で、子供達を引率しているのだろう。
年配の保母を気遣っているのだろう。幼児達はゆっくりと、子供にしては大人しく行動していたが、地面に毒のない屋内の目的地に着くと、喜び早足となった。
宇宙開拓博物公園
濁った空から珍しく日の届く穏やかな天候であり、その為か入館者は多かった。
かつて宇宙船ノアが置かれていた跡地からその巨大さを想像し息を呑む者、現在も緩やかに続くブラック、レッドとの戦闘の過去の激戦の様を残した映像を見て俯く者……
子供達のみならず、訪れた人々の反応は素直であった。
やがてそこに出来ている人だかりの間を縫い、子供達は一つの縦長のケースの中を覗く。
小さな銀のプレートにただ星の防人と書かれ、目を見張る程美しい青年が置かれていた。
今すぐにでも目を開くと錯覚したのだろう。集団の中の男の子が青年に向かい手を伸ばす。
それは届く筈もなく、ケースに小さな指紋が付いた。
そこで初めてこの人は他の展示品と同じ機械だから生きてはいないのだと我に返る。
薄い金の長い髪の美しい青年はぴくりとも動かない。
子供は大変な美貌を備え造られた機械をしばらく眺めていたが、その青年はどこか悲しそうな、憂いを湛えた表情をしている様に見えた。
他の来訪者達と同じく美しさに吸い寄せられたが、青年のその表情に切なさがこみ上げ、隣にいた保母の手を強く握った。
老婦人も同じ事を思ったのだろう。皺の刻まれた目元を一瞬細めた後に、子供を安心させる様に肩を抱き、戻りましょうとその場を後にした。
昨日は珍しく陽射しが暖かく過ごしやすい日で、良く人が来た。
宇宙開拓博物公園の総責任者である中年の男は、母星ブルー中央軍事センターの資料室……巨大な倉庫とも言えるその一室の中で黙々と作業を行っていた。
昨日を区切りとして博物公園は数日休館となる。
その間にこの中央軍事センターに、例年通りの展示物の状態の報告や新たな資料展示の申請と許可、各書類の提出等を行わなければならなかった。
男からやや離れ、倉庫内の各資料と手持ちの一覧を眺め、見比べている若者がいる。同じく博物公園に勤務する者で、まだ若いが有能な部下であったので、自分の仕事を教える為に連れて来たのだった。
机の上での作業は終わる。後は最後にもう一つ……昨日博物公園の閉館後や、今朝同じ軍事センター内の別室で丁寧に行った様に、そろそろ始めなければと男は席を立った。
作業中の部下はそのまま置き、古びた手動の扉をそっと開き、一室の中に入る。
電気もなくキンと冷えた外気をそのまま通した、やはり扉同様に相当古い一室の中に、人が動かず……いや、三体の人型が置かれていた。
何れも黒髪で内一つは大柄の男、一つは長身で短髪の男、一つはまだ少年と言えるなりをした小柄な形態をしていた。
男はその三体の内の、長身で短髪の人型に何かを呟き、触ろうとした途端、小さく悲鳴が聞こえた。
「……何だお前か。」
部下が入口に座り込んでいる。突然姿を消した男を探し、この一室の扉を見付けやって来たのだろう。座り込んでいる理由も安易に分かる。
あまりにも精巧に出来過ぎた三体のこの人型を人間の死体と間違えたのだろう。
「勿論分かっているだろうが、これらは全て人ではない、良く作られた人型の機械だ。」
「……わ……分かってます。」
そう言う部下の足はまだ震えている。
総責任者は何故この様な所へ、と言う及び腰の部下を意に介さず、男は黙々とひどく埃を被った三体を順番に整えていく。
自分からは誰にも話していなかったが、博物公園の前総責任者から(その前任者は更にその前任者から、この中央軍事センターの中に置かれた四体の機械の存在を聞いたと言う。)この部屋の三体と別室の一体の人型の存在を聞かされてから、年に一度彼等を整える事を習慣としていた。
そしてこの四体の存在を知ってから……もう少し言うと、その内の先程触ろうとしていた長身で短髪の一体を実際に見てから、男は自らが勤務する博物公園に置かれた、呆れる程の美貌を持つ人型の機械に愛着を持ち始める様になった。
尚も作業を続ける男の後方に近付いた部下に、からかう様に言い放つ。
「子供でもあるまいし怯えるな。いずれ私はこの仕事もお前に任せ、悠々と引退する予定なのだから。」
「……この人型、何なんですか。」
「分からないのか、私達が毎日目にしている展示資料と同じ物だ。」
「展示資料……」
しばらく考え込んでいた部下は、あっと声を上げる。
「もしかして、この三体……」
「“星の防人”だ。」
ああ、と感嘆し、そこで部下は初めてずいと顔を近付け、動かない三体の機械をまじまじと見詰めた。
それでもどこか腑に落ちない表情をしているのは、博物公園に展示されている星の防人と彼等三体があまりにも似ていないからであろう。
案の定、うちの展示品と似てないですねと呟く部下に苦笑しながら男は思う。
男も最初は展示されているあの四号機とここにある三体、そして後の一体が同じ物、しかも兄弟であるとは俄かに信じる事が出来なかった。
勤務する博物公園に置かれた四号機と他の四体の繋がりを確認する事が出来た切っ掛けは、前総責任者……ブルーの外交史の研究家でもあった先輩から聞いた、彼等が防人として稼働していた当時に、巷間で知られていたらしいある伝承からであった。
恐怖が薄れ、三体をじっと観察していた部下が、長身で短髪の元防人を指差し呟いた。
「この機械……損傷が激しいですね。いや、始めはこの……額や……凄い目の傷跡がとにかく怖くて、そればっか見てましたけど、手とかこうして体の見えてる部分だけでも特に随分と痛んでいる。」
「……」
動かないと分かっていても、その凄惨な傷跡に直接触れるのは気が引けるのだろう。震える指先で青年の顔を横断する傷跡をなぞりながら、更に部下は続けた。
「この深い傷……完全に目に達していたでしょうね。この機械が動いていた時、両目が見えぬまま戦っていたのでしょうか。」
「そうかもしれないな。」
「しかし……大昔に最終兵器と呼ばれていた敵なしの防人が、何でこんな致命傷を負ったのでしょうかね。」
「……」
「総責任者?」
丁度三体目……他の二体に比べれば小柄で、少年の様な一体の黒服に付いた汚れを取り除く作業を終え、男は呟いた。
「お前も似ていないと言っただろう」
「えっ?」
「私達の博物公園の展示品とこの三体だよ」
「あ……はい。確かに。」
「本当はこの軍事センター内の別の場所に後一体、存在している。」
「あっ、それで五体ですね、五つの星の防人……」
「……その四体と展示品の四体目が、だ。」
男はすっと目を細めた。