わかってください!
「やっぱり今の放送まったく聞こえてなかったんだな。ほら、お前も早く食わないと。あんまり余裕ないぜ?」
食堂の時計を見て見ると、時刻はもうすぐ十二時半になろうとしていました。確かにゆっくりと食事を楽しんではいられませんね。
私は昼食を胃に流し込みながら、それでも考え続けます。
――姉さんのいいところ、どうやって知ってもらおう?
一三○○。鳥海、摩耶、電、雷、山城、龍驤の六名は司令室に集合。司令官さんより、偵察部隊が発見した敵輸送船団を撃破せよとの命令を受けました。
一三一五。私、鳥海を旗艦とした敵輸送船団撃破部隊が鎮守府を出発。バシー島沖へと移動を開始しました。
一六○三。龍驤さんの艦載機がバシー島沖を北西に移動中の重巡リ級二機、輸送ワ級四機を発見。
一六一四。敵輸送船団と交戦開始。
一六五○。敵輸送船団をすべて撃破。我が方の損傷は軽微。撤退を開始しました。
「へっ、楽勝だったな。もっと歯ごたえのあるやつと戦いたいもんだぜ。なあ、鳥海?」
――そもそも姉さんのいいところって具体的にはどこだろう? 意外と犬や猫が好きなところとか? うーん、違う、そうじゃないわね。
「おーい、鳥海!」
「ひゃっ! な、なんですか姉さん?」
「今日はどうしたんだ? 昼休みにもなんか悩んでるみたいだったし、何かあったのか?」
「いえ、それは、その……」
「言いにくいことか?」
姉さんのことを考えていましたとは、言いにくいことと言われれば言いにくいことですが……しかし隠すほどのことでもないですし、そもそも姉さんの問題なんだから一緒に考えてもらいましょう。
「……実は、どうすれば姉さんの評判を上げられるか考えてまして」
「あん? ……あー、昼休みに言ってたやつな。だからいいって、んなことしなくたってさぁ」
「でも私、姉さんのことが心配で……」
「心配してくれるのは嬉しいよ。でもさ、無理しておしとやかにするなんてアタシは嫌だし」
それに、と姉さんは続けます。
「そんなことしなくたって、アタシのことをわかってくれるやつがきっといるさ。お前みたいにな」
「だといいんですけどねえ」
「心配性だなぁ、お前は。大丈夫だって。それくらい今日の戦闘くらい楽しょ……危ない!」
「へ?」
一七三八。旗艦鳥海をかばった摩耶が敵潜水艦の魚雷によって大破。
「……どうも楽勝ってわけじゃなさそうだな、ハハッ」
体も艤装もボロボロになってしまった姉さんが私に寄りかかってきました。
「ね、姉さん! そんな……いったい何が!?」
「はわわ、四時の方向に潜水カ級二機、発見なのです!」
「なんやて? この海域に潜水艦はおらんはずやろ!」
「嗚呼、僚艦が大破するなんて……不幸だわ」
「私が……私がしっかりしていなかったせいで……姉さんが……私のせいで!」
もっときちんと私が索敵していればこんなことにはならなかったのに……私はいったい何をやっているの! 姉さんのことを知ってもらう? そんなの、姉さんがいなくなってしまったら意味がないじゃない!
「後悔するのは帰ってからにして!」
混乱している私を一喝したのは雷さんでした。
「カ級は私たちがやるわ。その間にみんなは退避して。電、行くわよ!」
「了解なのです!」
「ウチも手伝うで! 彗星は雷、天山は電を援護。彩雲は他にも敵がいないか探すんや。艦載機のみんな、お仕事お仕事!」
みんなが姉さんを退避させるために動いてくれてる……そうだ。私も動かないと。しっかりしろ、鳥海。この部隊の旗艦は私なんだ。
「姉さん、まだ動けますか?」
「ああ、なんとか、な……でも、右の機関部が、やられちまった……左も調子が、悪い」
姉さんは呼吸が乱れていてしゃべるのもつらそうです。
「私が肩を貸します。つかまってください」
姉さんの右腕を私の首に巻き、私の左腕で姉さんの体を支えます。
「わりい、な……あいてて」
「しっかりつかまっててくださいね。今は生還することだけを考えてください」
そう。まずは生還です。こんなところで姉さんを失ってたまるものですか。
私は一度だけ深呼吸をした後、通信機に向かってしゃべり始めました。
「旗艦鳥海と摩耶はこれより後退します。山城さんは私たちに随伴して護衛をしてください」
「了解。鳥海と摩耶を護衛します」
「他の皆さんは引き続き潜水カ級の撃退をお願いします。深追いは禁物です」
「わかったわ」
「了解なのです」
「了解や!」
全員の返答を確認した後、私はエンジンを一気にフル稼働させました。
早く鎮守府に帰って姉さんを入渠させなければなりません。一刻も早く。一秒でも早く。
しかしエンジンをフル稼働させてもいつものような速度が出ません。当然です。一人分のエンジンで二人を運んでいるのですから。
頭ではそうとわかっていても気持ちばかりが前に進んでしまいます。
「もっと、もっとスピードは出ないの!?」
そこへさらに私を焦らせる報告が飛び込んできました。
「龍驤より全艦へ! 新たに空母ヲ級一機、駆逐イ級二機発見! まずいで、鳥海はんの方へ向かってる!」
「なんですって!?」
こんなときに新手なんて! どこ? いったいどこから来るの?
「空母ヲ級一機、駆逐イ級二機発見! 六時の方向よ!」
私よりも先に山城さんが新手を発見しました。
「あいつら、こっちに真っ直ぐ向かってきてる。このままじゃ追いつかれるわ!」
いつもならさほど怖くはない相手ですが、今の姉さんには危険です。出来れば相手はしたくないですが、逃げ回っていてもいずれは追いつかれてしまいます。ならば、一か八か。
「敵をここで迎え撃ちます。姉さん、いいですね?」
「……ああ。やっちまえ、鳥海」
姉さんは苦痛で顔をゆがめながらも私に微笑んでみせました。
この鳥海、その笑顔に応えます!
「山城さん、砲雷撃戦、用意!」
「了解。砲雷撃戦、用意!」
私と山城さんは同時に後ろに振り向きました。
水平線からこちらに近づいてくる敵を確認。
……姉さんを抱えたままで倒せるでしょうか。
私は大きく息を吸って、体の中から余計な物を吐き出すようにゆっくりと息を吐きました。
落ち着け。落ち着いていつもどおりしっかり狙えば当てられるはず。
そうしている間に、先に山城さんが砲撃体勢に入りました。
「姉さんも戦っているのかしら……?」
しかし雑念が入ってしまったみたいです。駆逐イ級を狙った砲弾は虚しく海に沈みました。
山城さん、あなたって人は……いや、文句は後にしましょう。今は敵を沈めることだけを考えないと。
目標、空母ヲ級。距離およそ二万五千。波は穏やか。風も無し。
「主砲、よーく狙って……撃てーっ!」
轟音と共に主砲から放たれた砲弾は真っ直ぐ空母ヲ級に向かっていきます。
よし、直撃コース――と思った瞬間、駆逐イ級が空母ヲ級の前に出ました。
「くっ、かばわれた」
空母ヲ級をかばった駆逐イ級は私の砲弾をくらって木っ端みじんになりました。しかし空母ヲ級には傷一つ付いていません。
「今度こそ……!」
次弾装填装置、稼働開始。それと同時に駆逐イ級が砲撃してきました。
「痛い! やっぱり不幸だわ……」