わかってください!
駆逐イ級の砲撃は山城さんに当たったようですが、どうやらかすり傷のようです。
続けて空母ヲ級の艦載機が飛来しました。狙いは……こっち!
「姉さん!」
私はとっさに姉さんを抱きしめ、自分を盾にしました。
「っ!」
直後、背中に熱が走りました。
「被弾箇所はどこ!?」
痛みは意識の外側に放り出して艤装をチェック。
主砲、副砲、機銃、装甲、機関部、通信機……目視完了。外部からは問題は見当たりません。
「よし、まだいける!」
次弾が装填されたらこっちの番よ!
しかし。
「……装填されない?」
いつもならとっくに次弾が装填されているはずなのに、砲塔がうんともすんとも言いません。
「まさか!」
次弾装填装置がやられたの!? よりによって、なんでそんなところがピンポイントに!
くっ、仕方ありません。手動で次弾を装填します。
「主砲、よく狙って、てぇーっ!」
私が手動で次弾を装填している間に山城さんの主砲が再び火を噴きました。狙いは空母ヲ級。
今度こそ、当たってください!
「ああっ、かばわれた……やっぱり私って不幸だわ……」
またしても駆逐イ級が空母ヲ級を守りました。これで相手は空母ヲ級のみになりましたが……。
「装填が……っ!」
手動での次弾装填に手こずっている間に、空母ヲ級の攻撃機がまたこちらへ迫ってきました。
まずい、また姉さんをかばわないと。
「鳥海、お前はそのまま、装填を続けろ」
しかし、私がかばうはずだった人は、私の目の前に立ちました。
「姉さん、何を!?」
「攻撃機は、私にまかせろ」
「何を言ってるんですか! 重傷なんですよ! これ以上の被弾は命に関わります!」
「だからどうした」
私の声など聞こえていないかのように、その背中は大きい。
姉さんはもはや手が届きそうなほどの距離に近づいてきた敵機をにらみつけました。
「アタシは……」
腕をゆっくりと持ち上げ、銃口を空へ。
「アタシは、摩耶様だぜ!」
雄叫びと共に天を覆い尽くすほどの対空射撃。次々と敵機がその凄まじい弾幕の餌食となっていきます。
「ぐっ……ううっ!」
しかし姉さんはすでに膝が震え始めていますし、首筋は血と汗が伝ってドロドロになっています。
「姉さん、やめてえ!」
「いいから早くしろ! 敵を殺れ!」
「……っ!」
姉さんが捨て身で作ってくれたこの時間、絶対に無駄にしてはいけない。
私は目尻に溜まった涙を振り払って、次弾装填作業を続行します。
砲塔のハッチを開け、まず中にこびりついている煤を軽く払います。次にバックパックから新たな砲弾を取り出し、砲塔の根元に設置。さらに砲弾の根元に火薬を入れます。
「アタシの妹には、指一本、触れさせねえええ! オラァァァァァァァァァァァ!」
姉さんの対空射撃はさらに激しさを増しました。同時に傷が開いて体のあちこちから血が吹き出ました。
私はそれを見なかったふりをして、砲弾と火薬がきちんとセットされていることを確認しました。
「装填完了!」
私は可及的速やかに射撃体勢に入りました。
目標、空母ヲ級。距離およそ二万五千。波は穏やか。風も無し。その上こっちには姉さんがいます。外すわけがありません!
「主砲、よーく狙って……撃てーっ!」
轟音と共に放たれた砲弾はなだらかな曲線を描き、水平線の向こう側に沈みつつある太陽の光を浴びながら、寸分違わず空母ヲ級に命中しました。当たり所が悪かったのか、空母ヲ級はその一撃だけで海の底へ、少しずつ傾きながらゆっくりと沈み始めました。
「やった!」
私は両手を握りしめてガッツポーズを取りました。
こんなに上手く当てられたの、生まれて初めてです!
「ああ……よくやった、な……」
姉さんは私の方に振り向いて微笑みました。しかしその笑顔は弱々しく、今にも消えて無くなってしまいそうでした。
「姉さん!」
私が慌てて姉さんに駆け寄ると同時に、姉さんは私に向かって倒れ込みました。
「姉さん、しっかりしてください! 姉さん!」
私の腕の中で目をつむる姉さんに必死に呼びかけますが、返答はありませんでした。
「いや……そんな……姉さん! 姉さん! 姉さんが……姉さんが、死ぬ? 嫌、嫌、そんなのって、そんな、嫌、嫌ぁ!」
「鳥海、落ち着いて」
取り乱す私の肩を掴んだのは山城さんでした。
「摩耶は気絶しただけよ。まだ息はある」
言われて、姉さんの口元に耳を近づけてみると、確かにまだ呼吸はしていました。
私は一気に全身から力が抜けて、その場にへたり込みました。
「よ、良かった……」
自然と目尻から涙があふれてきます。
「いえ、良くはないわよ」
一方、山城さんは厳しい顔です。
「まだ息はあるというだけで、危険な状態であることに変わりはないわ。へたり込んでいる場合じゃないわよ」
私はハッとしました。
そうです。私たちは生還しなくてはなりません。今はまだ敵の奇襲を退けただけです。生きて鎮守府に帰らないと生還とは言えません。
私は自分の頬を自分で叩きました。バチンと小気味よい音が海面に響きました。
「っつー……」
ちょっと強く叩きすぎました。頬がちょっとジンジンします。でもおかげで気合いは入りました。
「すみません、山城さん。引き続き護衛をお願いします」
「了解。鳥海と摩耶を護衛します」
さあ、生きて帰りましょう、鎮守府に。
二○二○。鳥海、摩耶、山城が帰投。大破していた摩耶は即ドック入り。
二○四九。別働隊の雷、電、龍驤が帰投。これをもって本作戦は終了となりました。
姉さんは全身に大小無数の傷を負ったものの一命は取り留め、翌朝には意識も戻りました。
「あーあ、本当なら今日は休暇のはずだったのになぁ」
それどころか昼過ぎにはこんな軽口まで言えるくらいに回復しました。流石にベッドから起き上がるのはまだつらいみたいですが。
「まあまあ、命が助かっただけ良かったと思いましょうよ」
それでも姉さんはときどきドックから抜け出そうとするので、お見舞い兼お目付役として私が姉さんのそばに付いています。
「そりゃそうなんだがよ……はぁ、本当なら今頃は外でウィンドウショッピングでもしてるんだろうなぁ」
「代わりにリンゴむいてあげますから、おとなしくしててくださいね」
「そんなんで代わりになるかよ……」
「あら、いらないんですか?」
「んなこたねえよ。もらうっつーの」
「うふふ、はいはい」
こんな他愛のない会話が、今はとても尊いものだと思えます。
リンゴの皮をむきながら、私は昨日のことを思い出しました。
「昨日は本当に姉さんが死んじゃったと思ったんですからね、私。あんな大怪我で無茶して……」
「ああ、あのときは流石のアタシも死ぬかと思ったよ。でもまあ、おかげで助かったろ?」
「まあ、そうなんですけど……」
あのとき、姉さんが敵の攻撃機を食い止めてくれなかったらどうなっていたか……あまり考えたくはありませんが、もしかしたら私も姉さんもあの場で轟沈していたかもしれません。そうならなかったのは姉さんのおかげではありますが。
「でもあんな無茶、もうやめてくださいね」
あんな痛々しい姿、二度と見たくありません。