Anytime smokin' Cigarette.
「どうか、しましたか」
よほど怪訝そうな表情を自分はしているのか、それとも何も言葉を返さないからか。バゼットの表情がだんだんと曇ったものになっていく。どうやら、沈黙を曲げて解釈したらしく、ぽつりとバゼットは言葉を続けた。
「……いえ勿論、カレン・オルテンシアはともかく、貴方には拒否権はあります。私は一度失態を演じた身だ。マスターとしてふさわしくないと、貴方が判断するのならば、それは仕方のないことでしょう……」
「別に、そんなこた言ってねえけどよ……」
珍しく言い繋ぐ言葉が思いつかず、緩慢な動作で口元の煙草に火を点けると、バゼットは驚いたように顔を上げ、まじまじとランサーの顔を覗き込んだ。
「貴方は、煙草を吸うようになったんですね」
「……まあな。特に何があるという訳じゃねえが、気分だ気分」
正直、驚いた。全く一緒ではないが、ほとんど同じ質問を以前にもされたからだ。目の前の彼女がきっといつも思い描いているだろう、今はいない誰かに。
そして、今更ながらに気付く。面白くなかったのは、彼女に見え隠れする自分ではない者に向けた信頼の感情。自分は、思っていた以上にこの不器用なマスターのことが気に入っていて、守ってやれなかった自分に腹を立てていた。それなのに、あいつは結果的に彼女を救った。その懸隔に、いつも苛立っていたのだろう。
その彼女が、自分をまだ望んでいるのならば。
「……別にいいぜ、オレは」
ひとつ息を吐き出してそう言うと、バゼットの表情が一気に晴れやかなものに変わった。そして、ゆらゆらと昇っていく煙を一瞥して、こほんと軽く咳払いをする。
「貴方が私のサーヴァントに戻ったら、まず煙草を止めさせることから始めましょう」
「なんだ、ひょっとしてアンタ煙草苦手なのか」
「……正直に言って、日本のものはあまり得意ではありません。煙は平気なのですが、どうもあの匂いが苦手で」
「まあ、いいぜ。オレが、アンタのサーヴァントに戻ったら、の話だがな」
心底愉快そうにそう言うと、望むところです、と愉快そうにバゼットも応えた。
「じゃ、そろそろオレは行くぜ。小僧も来るだろうしな」
「ええ。時間を取らせてすみませんでした」
「……バゼット」
踵を返しかけ、ふと立ち止まり彼女の名前を呼ぶと、はっとしたようにバゼットは見上げてきた。そういえば、今日初めて名前で呼ぶな、と些細なことをふと思う。
「言い忘れたが……オレも、アンタがマスターなら望むところだ」
「ええ。クーフーリン。貴方がそう望んでくれるのなら、何も恐れるものはありません」
「ああ。じゃあな、バゼット」
満足そうに微笑むバゼットに軽く別れを告げ、
―――悪いな。元々はオレのマスターだ。返してもらうぜ。
確かに目の前の少年の姿をしていた、けれども今はいない彼に向かってそう宣言し、かすかに口元に笑みを刷いてランサーは歩き出した。
作品名:Anytime smokin' Cigarette. 作家名:緋之元