だぶるおー じゃがいもすーぷ1
兄は、学生時代にバイトして、それで世界を放浪していた。いわゆるところのバックパッカーというもので、いろんなところを見て歩くのは楽しいと、長い休みには、いつも留守だった。で、大学を卒業して、そのまま大学院へ進級する休みにも、旅に出たのだが、そこで、物盗りにやられて、一文無しになったそうだ。
それを助けてくれたのが、刹那の父親で、その代わりということで、刹那の養育を任された。それも、なぜだか、極東のこんな隅っこの街で、だ。愛人もしてくれるなら、手当ても三倍出すと言われたそうだが、生憎と兄はノンケで、それだけは断ったらしい。刹那を預かったのが、八年前だ。
普通は、それなら刹那を養育していればいいわけだが、バカ兄は、学童保育にあぶれた子供たちも世話する仕事を考えた。今の極東では、十歳になると鍵っ子というものになる。それまでは、子供を教育機関が夕方まで保護してくれるのだが、そこからは、それがないのだ。だが、共稼ぎでフルタイム働いている夫婦となると、子供の世話まで手が廻らない。それなら、学習塾という名目で、子供たちに勉強を教えて両親のどちらかが帰宅するまで預かるという仕事を思いついたのだ。託児所の少し大きな子供版で、少しずつ、子供たちが集まり、仕事も軌道に乗っている。まあ、もう学習塾に通う年齢じゃないのも、手伝いと称して入り浸っているから、うちの家は賑やかだ。ちなみに、この家も、その刹那の保護者が用意した。そして、俺はというと、こちらの支社に転勤になって居着いているという次第だ。
・・・なあ、兄さん・・・過去に、愛人もやってたんじゃね?・・・
と、問い質したいのを俺は堪えている。その男は、海外を飛び回る仕事だかで、ほとんど家には居ないらしい。だから、ほとんど、刹那は高校生になっても、うちで食事して、今は別にマンション住まいをしているにも関わらず、時には泊っているし、その男が帰って来ると、馴れ馴れしい態度で、兄にキスなんかしていたりする。聞けないけど、ちょっとモヤっとはする。いや、暴くと居候している俺の立場は悪くなるので黙ってはいるんだけど。
大きな案件が片付いて、チーム全員で打ち上げで飲んだ翌日、目が覚めた時に、身体の節々がギスギスするなあーと思っていたが、出勤して午後になって、発熱した。仕事も事後処理だし、帰れ、と、同僚に勧められて、タクシーで帰宅した。午後早い時間だったから、まだ、子供はいない。
「どうしたんだ? 」
「・・・なんか風邪みたい・・・」
「え? あ、ほんとだ。ちょっと待ってろ。このまま病院に行こう。そこ、座れ。」
玄関を入ったら、兄が心配してソファまで運んでくれた。かなり熱が高くて、寒い。携帯で連絡しているのか、声がする。
・・・もう、このまま寝てたらいいんじゃね?・・・
だというのに、担がれて車に運ばれた。それで気付いたら、ブシッと注射されていた。
「おまえなあ、これは子供じゃないだろ? うちは小児科だぞ? だいたい、刹那も、もう小児科じゃないんだからな。」
「まあまあ、モレノ先生。うちの弟と刹那は、可愛いから子供みたいなもんですよ。」
無茶苦茶言ってやがる。俺は三十路です、お兄様。と、言いたいのだが、頭がはっきりしない。
「これは、ウイルス性だな。クスリも出してやるが、隔離しろ。子供たちに感染する。」
「了解です。あ、アルコールもください。除菌しますんで。」
「関西のおばちゃんか? おまえは。厚かましいにも程がある。」
「すいませんねぇー。うちの商売は信用が第一ですから。あはははは。」
もう、ツッコミする気力もないので、俺は全てをシャットアウトした。
ここの学習塾は、子供を預かる託児機能がついている。ということで、十歳以上の子供たちが、学校が終わるとやってくる。人数は、それほど多くないが、それでも五月蝿いことは五月蝿い。それに、リクエストしておけば、食事も風呂も世話してくれるので、ツインカム共稼ぎ夫婦には重宝されている。ついでに、ニールが何ヶ国語かは喋れるので、英会話なんかも教えてくれるんで、そういう意味でも有り難い学習塾だ。刹那は、ほとんど八歳ぐらいから、ニールと暮らしているので、英会話も覚えたし、今は、教える立場だったりする。
いつものように学校が終わって帰ってきたら、ニールがバタバタと動いていた。まだ、子供の人数は少ない。
「どうした? ニール。」
「刹那、悪いんだけど、子供たちの勉強をみてやってくれないか? ライルがダウンしたんだ。なんか、ひどい風邪みたいでさ。」
「・・・わかった。食事は? 」
「それは用意してる。ハレルヤにも応援頼んだから、後から来る。」
テキパキと、この後のスケジュールを話すと、ニールは階段を駆け上っていった。最初の頃は、刹那のほかに三人ばかりが通っていたのだが、今は十数人受け入れている。毎日のもの、定期的に利用するものなど、様々な子供たちが出入りするので、本日の出席者の確認から刹那も始める。予定表に、顔を出しているのは赤丸をつけていく。それが終わったら、まず学校の宿題からさせて、それを監視するのが刹那の担当だ。
学習塾は、兄がバイトとやっているので、夕方から九時ぐらいまでは戦場だ。だから、このまんま放置されるんだろうと思っていたら、意外にも兄は、看病をしてくれた。病院から帰ってベッドに転がされたところまでは、なんとなく覚えている。それから、しばらくは寝ていたらしい。
「とりあえずクスリの前に腹に何か入れないとな。・・・ほら、口開けろ。」
揺すり起こされて、何かが口に入れられた。一口、飲み込んだら懐かしい味だった。
「・・これ・・・」
「うん、かーさんに教えてもらった。いいから食ってクスリ飲め。」
それは子供の頃、食べていたポリッジだった。朝食に出されていた温かいオーツ麦のお粥だ。それにハチミツがかけてある。
「・・かーさん、来てるのか? 」
「いいや、俺が作ったんだ。おまえなら、米より、こっちのほうがいいだろ? 」
「・・うん・・・」
極東にはない味の懐かしいポリッジで一息ついた。まるで実家に居るようで、熱はあるが心地良い。それから兄は、俺にクスリを飲ませると食器を下げていった。
次に目を覚ますと、兄が身体を蒸しタオルで拭いてくれていた。さくさくと拭いて新しいパジャマに着替えさせてくれる。クスリが効いているのか、少し楽だ。
「塾は? 」
「ハレルヤと刹那でやってくれてる。・・・風邪は栄養摂って寝てれば、よくなるからな。布団は暑くても剥ぐなよ? 汗をかいたほうがいいから。」
「・・うん・・・」
「また、後で様子を看にくる。」
着替えて、さっぱりして、さらに眠った。何度か水分補給されていたのは覚えているが、ほとんどぼんやりとしか思い出さない。次に、はっきりと目が覚めたのは、翌日だった。
「出勤は無理そうだぞ? ライル。はい、携帯。」
それを助けてくれたのが、刹那の父親で、その代わりということで、刹那の養育を任された。それも、なぜだか、極東のこんな隅っこの街で、だ。愛人もしてくれるなら、手当ても三倍出すと言われたそうだが、生憎と兄はノンケで、それだけは断ったらしい。刹那を預かったのが、八年前だ。
普通は、それなら刹那を養育していればいいわけだが、バカ兄は、学童保育にあぶれた子供たちも世話する仕事を考えた。今の極東では、十歳になると鍵っ子というものになる。それまでは、子供を教育機関が夕方まで保護してくれるのだが、そこからは、それがないのだ。だが、共稼ぎでフルタイム働いている夫婦となると、子供の世話まで手が廻らない。それなら、学習塾という名目で、子供たちに勉強を教えて両親のどちらかが帰宅するまで預かるという仕事を思いついたのだ。託児所の少し大きな子供版で、少しずつ、子供たちが集まり、仕事も軌道に乗っている。まあ、もう学習塾に通う年齢じゃないのも、手伝いと称して入り浸っているから、うちの家は賑やかだ。ちなみに、この家も、その刹那の保護者が用意した。そして、俺はというと、こちらの支社に転勤になって居着いているという次第だ。
・・・なあ、兄さん・・・過去に、愛人もやってたんじゃね?・・・
と、問い質したいのを俺は堪えている。その男は、海外を飛び回る仕事だかで、ほとんど家には居ないらしい。だから、ほとんど、刹那は高校生になっても、うちで食事して、今は別にマンション住まいをしているにも関わらず、時には泊っているし、その男が帰って来ると、馴れ馴れしい態度で、兄にキスなんかしていたりする。聞けないけど、ちょっとモヤっとはする。いや、暴くと居候している俺の立場は悪くなるので黙ってはいるんだけど。
大きな案件が片付いて、チーム全員で打ち上げで飲んだ翌日、目が覚めた時に、身体の節々がギスギスするなあーと思っていたが、出勤して午後になって、発熱した。仕事も事後処理だし、帰れ、と、同僚に勧められて、タクシーで帰宅した。午後早い時間だったから、まだ、子供はいない。
「どうしたんだ? 」
「・・・なんか風邪みたい・・・」
「え? あ、ほんとだ。ちょっと待ってろ。このまま病院に行こう。そこ、座れ。」
玄関を入ったら、兄が心配してソファまで運んでくれた。かなり熱が高くて、寒い。携帯で連絡しているのか、声がする。
・・・もう、このまま寝てたらいいんじゃね?・・・
だというのに、担がれて車に運ばれた。それで気付いたら、ブシッと注射されていた。
「おまえなあ、これは子供じゃないだろ? うちは小児科だぞ? だいたい、刹那も、もう小児科じゃないんだからな。」
「まあまあ、モレノ先生。うちの弟と刹那は、可愛いから子供みたいなもんですよ。」
無茶苦茶言ってやがる。俺は三十路です、お兄様。と、言いたいのだが、頭がはっきりしない。
「これは、ウイルス性だな。クスリも出してやるが、隔離しろ。子供たちに感染する。」
「了解です。あ、アルコールもください。除菌しますんで。」
「関西のおばちゃんか? おまえは。厚かましいにも程がある。」
「すいませんねぇー。うちの商売は信用が第一ですから。あはははは。」
もう、ツッコミする気力もないので、俺は全てをシャットアウトした。
ここの学習塾は、子供を預かる託児機能がついている。ということで、十歳以上の子供たちが、学校が終わるとやってくる。人数は、それほど多くないが、それでも五月蝿いことは五月蝿い。それに、リクエストしておけば、食事も風呂も世話してくれるので、ツインカム共稼ぎ夫婦には重宝されている。ついでに、ニールが何ヶ国語かは喋れるので、英会話なんかも教えてくれるんで、そういう意味でも有り難い学習塾だ。刹那は、ほとんど八歳ぐらいから、ニールと暮らしているので、英会話も覚えたし、今は、教える立場だったりする。
いつものように学校が終わって帰ってきたら、ニールがバタバタと動いていた。まだ、子供の人数は少ない。
「どうした? ニール。」
「刹那、悪いんだけど、子供たちの勉強をみてやってくれないか? ライルがダウンしたんだ。なんか、ひどい風邪みたいでさ。」
「・・・わかった。食事は? 」
「それは用意してる。ハレルヤにも応援頼んだから、後から来る。」
テキパキと、この後のスケジュールを話すと、ニールは階段を駆け上っていった。最初の頃は、刹那のほかに三人ばかりが通っていたのだが、今は十数人受け入れている。毎日のもの、定期的に利用するものなど、様々な子供たちが出入りするので、本日の出席者の確認から刹那も始める。予定表に、顔を出しているのは赤丸をつけていく。それが終わったら、まず学校の宿題からさせて、それを監視するのが刹那の担当だ。
学習塾は、兄がバイトとやっているので、夕方から九時ぐらいまでは戦場だ。だから、このまんま放置されるんだろうと思っていたら、意外にも兄は、看病をしてくれた。病院から帰ってベッドに転がされたところまでは、なんとなく覚えている。それから、しばらくは寝ていたらしい。
「とりあえずクスリの前に腹に何か入れないとな。・・・ほら、口開けろ。」
揺すり起こされて、何かが口に入れられた。一口、飲み込んだら懐かしい味だった。
「・・これ・・・」
「うん、かーさんに教えてもらった。いいから食ってクスリ飲め。」
それは子供の頃、食べていたポリッジだった。朝食に出されていた温かいオーツ麦のお粥だ。それにハチミツがかけてある。
「・・かーさん、来てるのか? 」
「いいや、俺が作ったんだ。おまえなら、米より、こっちのほうがいいだろ? 」
「・・うん・・・」
極東にはない味の懐かしいポリッジで一息ついた。まるで実家に居るようで、熱はあるが心地良い。それから兄は、俺にクスリを飲ませると食器を下げていった。
次に目を覚ますと、兄が身体を蒸しタオルで拭いてくれていた。さくさくと拭いて新しいパジャマに着替えさせてくれる。クスリが効いているのか、少し楽だ。
「塾は? 」
「ハレルヤと刹那でやってくれてる。・・・風邪は栄養摂って寝てれば、よくなるからな。布団は暑くても剥ぐなよ? 汗をかいたほうがいいから。」
「・・うん・・・」
「また、後で様子を看にくる。」
着替えて、さっぱりして、さらに眠った。何度か水分補給されていたのは覚えているが、ほとんどぼんやりとしか思い出さない。次に、はっきりと目が覚めたのは、翌日だった。
「出勤は無理そうだぞ? ライル。はい、携帯。」
作品名:だぶるおー じゃがいもすーぷ1 作家名:篠義