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　言われるがままに、携帯で会社に連絡を入れた。確かに、まだ熱があるのか、ふらふらしている。食事は、同じポリッジとジャガイモスープだった。風邪だから、ポロねぎが入っている。昔から、兄は年の離れた妹の世話をしていたから、慣れているらしく、俺がダウンしても同じように看病してくれる。
「なあ、これ、食べさせてもらえるのって、俺だけだよな？　」
「ん？　」
　ちょっと起きられるようになったので、自分で食べているのだが、スープをスプーンで指したら、ああ、と、兄が頷いた。
「あいつらは、米の粥のほうになるな。・・・おまえは、こっちだろ？　病気の時は慣れたもんのほうが食べやすいからさ。」
「ここで見たことなかったけど、作れるんだな？　」
「そりゃ、作れるさ。たださあ、ポリッジって好き嫌いがあるみたいで、刹那もティエリアも嫌がったから・・・スープは、たまにしてるんだけど。」
　この家で出される食事は、基本、特区のものだ。俺が居候してから、故郷の料理なんて出たことがない。わざわざ、恋しくなってアイリッシュバーで食事していたぐらい、お目にかかってなかった。
「たまには、シチューとかギネスパイぐらいしてくれよ。」
「いいよ。食べたいなら、リクエストしてくれればいい。・・・なんなら、シェーバーズパイでも焼いてやろうか？　それともシチューか？　」
「シチューがいいなあ。」
「はいはい、昼は、それにしてやる。マトンがないから、豚でもいいか？　」
「そこいらは妥協する。」
「わかった。もうちょっと体調が戻ったら、ギネスパイを焼いてやる。あれなら、牛だから材料もあるしな。」
「いいねぇーどうせなら、牡蠣入りの豪華版で。」
「あははは・・・・食べたいものが浮かぶなら、すぐに復活しそうだな？　大したことなくて、よかった。」
「大きな案件の処理が終わって、気が抜けたのが原因だろうな。・・・疲れた。」
「お疲れさん。とりあえず食ったらクスリ飲んで寝てろ。あと、着替えてくれ。蒸しタオル持ってくるから。」
「いや、シャワー浴びる。もう起きられる。」
「わかった。じゃあ、そっちに着替えは出しておく。」
　まだ熱はあるのたが、動けないほどではない。汗をかいているから、さっぱりしたくてシャワーを浴びた。

　午後の早い時間は、家は静かだ。パジャマにカーディガンで居間のソファに座る。
「大丈夫か？　」
「ああ、随分と楽になった。・・・ニールは感染してないか？　」
「今の所は大丈夫そうだ。一応、マスクしたり防御はしてるぜ？　・・・ヘルプも頼んだから、仕事のほうも問題はない。」
　兄の仕事には四人のバイトがいる。それらが、適当なローテーションを組んで、塾のほうを手伝っているのだ。台所の食卓で、兄はぺったらぺったらと何かを成形している。近付くと、リソールのようだった。
「リソール？　フィッシュケーキ？　」
「限りなくハンバーグに近いリソールと、ついでにコロッケ。リソールとハンバーグの違いって、食パン入れるか入れないかだと思うぜ？　材料は一緒だからさ。」
「そうなんだ。そうか、あの食感って、パンなんだな。なんか、ふにゃふにゃしてると思った。なあ、マッシュは？　」
「えーっと、ちょっと待ってろ。じゃがいも茹でてるから、できたら一部、マッシュにしてやるよ。」
「ラッキー。」
「できたら配達するから、寝て来い。」
「了解。ニール、愛してるよーん。」
　両手の塞がっているニールの頬に、キスをかまして二階へ戻った。昼には、マッシュとシチューが味わえるらしい。



　アイルランドの代表的な冬の料理といえば、アイリッシュシチューだ。各家庭で投入されるものは、違うが、まあ、ラム肉と野菜のシチューというところは共通で、冬には、よく食卓に登る。さすがに、特区では、ラム肉のいいのが手に入らないらしく、アイリッシュバーでも豚肉て代用されている。やっぱり、疲れているのか、ベッドに潜り込んだら、すかさず眠ってしまった。まあ、今回の案件は大きかったし、チーム全体で動いていたから、摺り合わせるのも一苦労した。なんとか、クライアントのリクエストをクリアーしたが、休日出勤、深夜残業当たり前、打ち合わせ多数で、かなり酷使された。これで、人事考課は確実にプラスになっただろう。ボーナスに色がついているはずだから、それでニールに何か返せばいい。
　そんなことを夢の中で、算段していたら、扉の開く音がした。目を開ければ、そこには兄だ。
「おまちどおさん。シチューとマッシュ。」
　兄が入ってくると同時に、ふわりとシチューのいい匂いも届いた。ラムではないから、独特の匂いはないが、それでも、ライルにとっては、ほっとする匂いだ。
「俺のだけ？　一緒に食おうぜ。」
「わかった。じゃあ、俺のも持ってくるよ。」
　この時間ぐらいだと、まだ誰もいないから、二人して食事した。またクスリを飲んで、うとうととしていたら、次に意識が浮上したのは、夕方だった。さすがに、寝られないので、階下に下りてみた。わーわーと賑やかな声がしている。

　階段を下りたところで、ティエリアと逢った。すかさず、蹴りが入る。これは、いつものことだ。バイトに来ている面々は、俺にキツイ。
「居間のほうに出てくるな、ライル・ディランディ。子供たちに風邪を罹患させるつもりか？　」
「いや、トイレ。ついでに、水を飲みたくてさ。」
「さっさと用件を片付けて二階へ上がれ。おまえのせいで、ニールがオーバーワークだ。」
　それだけ言うと、てってかと廊下を走っている。オーバーワーク？　それほどのことか？　と、思いながら台所に顔を出したら、兄がいた。晩御飯の製作中らしい。
「どうした？　」
「喉が渇いた。」
「そこに座ってろ。ミルクティーをしてやる。」
「うん。」
　風邪の時は、コーヒーより紅茶のほうがいい。殺菌作用があるらしいと知ったのは、最近になってからだが、昔から、紅茶のほうがよく飲んでいた。風邪の時はミルクティーだ。簡単にティーパックの紅茶に温めたミルクを注いで出来上がり。それを、食卓で飲んでいると、ニールには見えないように背中に拳が入って噎せた。
「そんなところで風邪の菌をバラ撒かないでくれない？　・・・ニール、そろそろ盛り付けよう。宿題も講義も終わるから。」
　拳を叩き込んだのは、バイトの一人アレルヤだ。はいはい、と、振り向いたニールは、大丈夫か？　と、俺の背中を擦っている。
「子供たちのごはんにウイルスが入ると困るから、部屋に戻ってくれないかな？　ライル。」
　てめぇー邪魔すんな、と、いうオーラ全開の笑顔で言われると怖いから、すごすごとマグカップを手にして立ち上がる。
「ライル、こっちの準備が終わったら、そっちにも持ってくからな。」
　食器を並べたニールは、そう言って千切りのキャベツを持っている。ハンバーグみたいなりソールがメインであるらしい。
「あとで、散歩に付き合ってくれよ、ニール。」
「おう、了解。」
「え？　ニール？　」