精霊の黄昏SSログ
「いや、ダークの方からこんなことしてくることなんて無かっただろう?だからちょっとびっくりして」
苦い笑いがこぼれた。いくら気持ちを落ち着けようと思っても心はなかなか落ち着かず、言い訳をしてみてもなにかぎこちない。その上ダークは自分が言い訳を一生懸命口に上らせようとする間も、じっとこちらを見つめてくる。
まともに視線を合わせることもできなくて、辺りを見回すふりをして視線を逸らした。
「それにしても、ここは本当にどこなんだ?」
と、先ほどから疑問に思っていたことを尋ねてみる。
「オルコス近くの教会跡だ。眺めがいいからな家を建ててみたんだ」
さらりと言われて、自分も一瞬聞き流しそうになった。
「オルコス!?って大陸違うじゃないか!」
たしか自分は昨日までユーベルに、ラグナス大陸にいたはずなのに、どうやって一夜でヒエンもいないのに移動したと言うのだろう。
「今日のために準備したからな。ああそうだ、少し待っていろ」
だが、ダークはあとは何の説明もなしに再び扉の向こうへと消えてしまった。
そういえば、今日のためといっていたが今日は何かあっただろうか?しばらく気にしていなかった暦の日付を順に思い返す。その途中、手に何か小さなものを持って、再びダークが扉を開けて戻ってきた。彼は短い距離だと言うのに急ぎ足で自分の前に立つと、手にしていた物を押し付けるような形で握りこませる。
その様子に少し気圧されて、よくわからないが握ってしまったものを解く指先が緩慢になった。
渡されたのは、革紐の先に透明な緑色の鉱石がくくりつけられたペンダントだった。ちょうど半円状に割られているそれは、かつて母さんから託された風霊石の片割れを思い起こさせた。
「この間見つけた。風霊石と似ていると思ってな。前から今日贈ろうと決めていた。受け取ってくれ」
きらきらと輝きを放つその石は、よく見ると風霊石とはやはり違うものの、懐かしさは込みあがってくる。風霊石を含めた5大精霊石を奪い合った戦い。今では考えられないことだが、自分とダークもお互いを憎み、敵対した。
「でも、どうしてこれを俺に?」
今はもう懐かしい思い出になってしまったことを思い出させてくれたこの石を、ダークが自分に贈ってくれたことは、非常に嬉しかった。ただ、なんでこんな突然贈ってくれたのかがわからない。
「今日はお前の誕生日だと聞いた。人間はそう言うものを祝うのだろう?」
それとも何か間違っていたのかと首を傾げるダークの返答に、一瞬きょとんとしてしまう。そこでようやく先ほど数えていた日付が今日の日にちにたどり着いた。
「あ、すっかり忘れてたよ。あれ?でも俺が誕生日ってことは、ダーク!お前も誕生日じゃないか!?」
今度はダークの方が考えもしなかったのだろうことを聞かされて、驚いた顔になる。
「そういえばそうだな。気付かなかった」
双子なのだから誕生日が同じなのは当たり前だが、いまいち自分達にとって実感が湧かない。離れて暮らしてきた時間の方が長すぎて、双子とはいってもその関係は兄弟というよりも友人。というかむしろ恋人だけれど…。
と、そこでふと思い至った。
「もしかして、今日お前がやたら優しいのは今日が誕生日だったからなのか?」
「別に…!俺は普段から優しいだろう」
聞くと、ダークは剥きになって否定した。ということは、普段ぶっきらぼうでも一応優しくしていてくれたと言うことなのかと、今更ながらに納得する。自分にとってはそれが到底優しいなんて思えないことだったけれど、まあ、本人が言うなら今はそう言うことにしておいてもいいか。
「じゃあ、お前は俺から何をもらいたいんだ?」
ダークが何のことかわからなそうに小難しい顔をして首を傾げた。
「贈り物だよ。お前も誕生日なんだから、俺からも何か贈らせてくれ。まあ、手持ちがないからたいしたものはやれないけど」
贈り物を贈ってもらったのだから、帰さなければならない。そう思ったのだが、こちらの言うことをようやく理解するらしいダークは腕を組んで考え込む。
「俺は特に何も欲しいものなんてないぞ」
「何も?本当に何もないのか?」
さらに何か無いかと唸る彼だが、結局何も思い浮かばないと降参する。
しかしそれでは自分だけがもらってしまって悪い気がする。
そのとき、微かに彼が呟いたのが聞こえた。
「俺はお前さえいればいい」
一瞬、聞き間違いかと思ってしまった。
「……俺?」
「あ、ああ」
再度重ねて問えば、気まずそうに視線を背けて彼がうなずく。
なんだ、そんなことでいいなら話は簡単だ。
「じゃあ、ダーク俺からのプレゼントだ」
思い立ったら即行動。
顔を背けたままのダークの首にこっそりと腕を回すと、ダークが不意をつかれて驚いたかおでこちらを見つめる。
「目は、つぶってろって」
忠告すると共に、片手をそえて彼の瞼を下ろした。
それからそっと彼の唇に自分の唇を重ねた。
「カーグ!?」
唇が触れた瞬間、半ば突き飛ばされるようにして離された。今日はこれまで常に穏やかだったダークの顔が、今は真っ赤になっている。今までがいつもと違っていただけに新鮮に感じるが、これが本来のダークだ。やはりダークはこうでないとおもしろくないと、我ながらダークに対してちょっと不謹慎なことを思いつつ、俯いてしまったダークの顔を上目遣いで覗き込む。
「プレゼント。もういいなんて言うなよ?」
まだまだ半分も返せていないのだからと訴えれば、彼がぼそりと呟いた。
「……どうなっても知らないぞ?」
「よく言うよ」
軽く笑い飛ばして、自分はまた彼の唇に唇を重ねた。今度はさっきよりも長く、甘い口付けだった。
その頃、ユーベルでは。
「大変よ!」
がやがやと賑わいを見せる街の広場に、突然そんな悲鳴のような叫び声が響き渡った。ついで現れたポーレットの姿に、その場に集まっていたものたちは一斉に振り返る。
「みんなこれを見て!」
石段を転げるように駆け下りてきて皆の前に取り出したのは一枚の紙切れ。ポーレットの慌てようから何が書いてあるのかと、わらわらと皆が紙切れの前に集まってくる。
そして、皆が身を乗り出した目にした文章とは。
『カーグはいただいた。今日は誰にも渡さん byダーク』
見事な達筆で(いつどうやって勉強したのかは不明だが)書かれていたそのメッセージは、皆の言葉をなくさせるには十分の代物だった。
今までの喧騒がうそのように静まり返り、皆が呆然と紙を手にしたポーレットを見上げる。
「どうしようかしらね…」
途方にくれた視線を彼女が向ける先には、華やかに飾りつけられた広場。それからその中央に置かれた大きなケーキと、豪勢な料理の数々。今日のために街中が競うようにして準備したカーグとダークの誕生日祝いだったのだが、主賓のいないパーティー会場は閑散として物寂しげな空気を漂わせていた。
本当は誕生日なんて祝ったことのないだろうダークのためにも派手にやってやろうと企画したはずだったのだが、カーグをさらうくらいだから逆に迷惑だっただろうか。
「でもいっか。二人で祝ってれば」
自分たちのおせっかいは自分たちで始末しようと、だれかがこのまま主賓はいなくても宴会だと提案してそれから先は大騒ぎになった。