チビエド事件簿
飛び散る閃光が壊れたスポットライトに絡みつき、一時的に光源を回復する。ゆがみ、うねり、分解されて別の形を構成する。
光が空間に乱反射して、赤から蒼白に変わっていく男の顔色を一部始終照らし出した。
空間を裂く錬成反応。青白い電流が再び一点に戻ったとき、男は呆然とした。
沈黙が降りた。
「……テディ」
男は呼びかけるが、エドワードから応答はない。真っ青な男の顔色は、いまやエドワードの方にそっくりそのまま移っていた。
なぜなら、そこに現れたのはエドワードが作り変えようとした粉々の金属片ではなく、猫耳しっぽつきの、コスプレ姿のエドワード人形だった。ちなみに機械鎧も完全再現の精密さだ。
「君、こんな趣味があったんだねぇ……」
しみじみとつぶやいてから、男はにやりと笑った。
「それならそうと早く言ってくれればよかったのに! そうすれば、せっかく用意してあげたこれを着せてあげたのに!」
ばっと、男が取り出したるは猫耳メイド服。突きつけられたその服に、エドワードは呆然としながら見覚えがあることに気付く。それもそのはず。それは昨日エドワードが不可抗力で錬成してしまったあのメイド服だったのだから。
浮かれる男は弾む足取りでエドワードに突進する。このさいだからそのメイド服にも着替えさせようと、飛び掛るほどの勢いで。そして、その指先がエドワードの肩に触れたその瞬間。
「ち、近寄るな変態野郎―――――!!」
再び空間を駆け巡った閃光。
コンクリートの床から突き出た巨大な突起。その破壊力のすさまじさは、数十メートルを軽く吹っ飛び、壁にめり込んだ男自身が証明していた。
しかし、それで安心できたわけではない。
「ふふふ、かわいいなぁ、テディはぁ。そっか、君こういうのも好きなんだねぇ」
ゆらりと、異様な動きで男は再度立ち上がる。相変わらず気色の悪い笑みがそのひしゃげかけた顔の中に納まっていた。そして、その手が体の支えに求めていたのは、エドワードが錬成した突起。それは……。巨大なP――― だった。
一歩、男は踏み出した。
「く、来るな―――!!」
絶叫と共にエドワードは逃げ出した。その途中幾度も無意味な閃光が走り、奇妙なものが次々と作り出されていく。一度閃光が地を走ればなぜか○○ちゃんの魔法ステッキが。二度閃光が壁を走れば謎のスイッチ。興味本位で押してみると、あら不思議。エドワードの真上から大量に水飴の雨。
更に布に触れればナース服。その辺に積み上げられた木箱はなぜかアイアンメイデン(拷問道具)。
エドワードは自分でも分からないまま、片手に何に使えるのか分からないステッキを持ち、水あめに濡れ、ナース服を引っ掛け、アイアンメイデンを引きずり、逃げ回る。
そして更に更に何に使えるのか分からないものを錬成してしまう。それらをのらりくらりと青年は避けながらエドワードを追いかけていた。もはやこれはただの奇怪な仮想障害物競走でしかない。
「ああ、もうなんだってんだこんちくしょう!!」
そう叫んでも意味はありません。エドワード君。
だが、こうしてわけの分からないものばかり作り出して逃げ回っているわけにもいかない。ここでどうにか現状を打開しなければ。
「ええい、もうどうにでもなれ!!」
エドワードは左足を返し急転した。振り返りざまに右足で蹴り出す。
しかしその左の軸足にコンクリートではない別の感触が挟まる。勢いがそらされた。足の裏と床の間にナース服と水あめが摩擦を起こしていた。
「げっ!」
止まらない勢いがエドワードの小さな身体を後方へ引き戻そうとする。しかも、そこにあの青年が飛び掛る。
「テディ~~~~~vvvvv!!」
思い切り両手を広げ、唇を突き出して飛び掛る男。
しかし、倒れかけのエドワードには避けることもできない。
果たしてエドワードの運命やいかに!?
そのとき無我夢中のエドワードはとっさに、パンと小気味のいい拍子と共に閃光を迸らせていた。
風に逆らい、巻き起こる錬成反応。
もう何ができてもかまいやしない。半ばやけくそで、錬成の勢いを借りてエドワードは思いっきり自分の身体を蹴飛ばした。背中と腹が交互にコンクリートに激突した。詰まりそうになる呼吸に耐えて瞬時に体勢を立て直す。
その瞬間。
「ぐぎゃぁぁぁぁっっぅ!!」
男の絶叫と大量の小枝が同時に折られたような音が響き渡った。そしてその後に続いたのは無音の静寂とたちこめる砂塵。
エドワードは恐る恐る自分が何かを錬成してしまった場所に近づいた。砂塵が徐々に晴れていき、その向こうになにかの影が現れる。それがうずくまる人影だと知ってエドワードは再び身構えた。だが、それは脱力によって解かれた。
「だから、何だってんだよ……」
がっくりとエドワードはうなだれた。
そこには奇怪な巨岩に包まれて気絶する男がいた。その身体は全身を鳥肌で覆いつくし、青ざめ、引きつった顔には大量の涙が流れ落ちていく。
男は、女装したアームストロング少佐の石像にきつく抱きしめられていた。
「……気持ちわるっ」
エドワードは吐き気を催した。
だが、とにもかくにもこれで終わりだろう。ほっとエドワードは息を吐き出して、コンクリートの床に転がった。そうしたら急に眠気が襲ってきた。急激な運動がおそらく小さな身体にかなりの負担をかけていたのだろう。
寝心地のいい柔らかなベッドの上ではなかったが、この際贅沢は言っていられない。エドワードは固いコンクリートの上で、それでも穏やかな安らぎの中に引き込まれていった。
そんななか、ロイ=マスタング大佐が指揮する部隊が突入し、ドレス姿で安らかに眠るエドワードを発見し、狂喜乱舞してアルフォンスと取り合いになったとか。そして更に、ハボック少尉も加わって三人で共謀していろいろあんなことやこんなことをしでかそうとしたところ、ホークアイ中尉に発見されて私刑に処されたとかされないとか……。
ともかく、その辺の事情をエドワードが知ることがなかったのは、幸福と言えよう。