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改・スタイルズ荘の怪事件

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アルフレッドの態度は傲慢そのものだったが、そこには何か苛立ちのようなものも感じ取れた。わたしは彼の後姿を見ながら、一つ不思議に思ったことを隣のポアロに尋ねてみた。
「ミスター・イングルソープの髪はあれほど長かったですか?」
彼の後ろ髪はいつの間にか腰に届かんばかりにまで達していた。
「君だって見ていただろう。証言台に上がってから伸びたのさ。」
ウェルズはアルフレッドの変化には全く気がついていない様子だ。
「あなたが夫人と口論していたと証言している証人とそれを示唆する機械がいるのですが?」
「完璧な人も機械もありませんよ。」
わたしは自分の確信がゆらぐのを感じないでもなかった。罪人というのは、これほど堂々しているものなのだろうか。ポアロの方を見ると、何故か妙に深く頷いている。
「ミスター・イングルソープ、夫人の最後の言葉に何らかの説明を付けられますか?」
「博士と私を間違えたのでしょう。」
「というと?」
「博士は私と身長や身体つきも近いですし、髭もたくわえている。朦朧した意識の中で取り違っても無理はありません。あなたは、あの言葉を非難の声だと考えているようですが、あれはわたしを求める呼びかけだったのですよ。」
「夫人の話題になってから途端に饒舌になったね。だが、理屈は通っている。」
ポアロは小声でつぶやいた。
「まさか、信じるんですか?」
「理屈は理屈だよ。」
ウェルズにはポアロと別の意見があるようで、ねちねちとした質問が続いている。
「あなたはあの夜、夫人のためにコーヒーを淹れて部屋まで運びましたね?」
「淹れたのは事実です。しかし、部屋には運びませんでした。妻は猫舌なので少し冷ますつもりでホールのテーブルに置いておいたら、いつの間にか無くなっていたんです。あのときは妻が持っていったのだと考えたのですが。」
この証言の真偽はともかくとして、彼に薬物を混入する時間があったのは確かのようだ。
「あの男を知ってる?」
ポアロがわたしの耳元で囁いた。後ろに注意を向けると、入口の近くに一人の男が立っていた。小柄で黒髪の、凄く奇抜な格好をした男だった。見るからに、地に足がついていないのだ。わたしは大きく首を振った。知り合いとは思われたくないタイプの人間である。
「あれはロンドンいるはずの行政長だよ。」
わたしは男をしげしげと眺めた。高級官僚らしきところは少しもない。その格好からすると芸人と言われた方が信じやすいが、自分の隣に最大級の例外がいるのだから、嘘だと断じる理由もない。統合政府の懐の広さは、わたしのような一介の軍人に測れるものではないのだろう。
しばらく男の方に注意を払っていると、鈍い痛みが手の甲から走った。ポアロがわたしの手をつねって、意識を審問の方へと引き戻そうとしたのだ。これも優しさなのだろうか。
前方では、ウェルズがアルフレッドに厳しい言葉を投げかけようとしているところだった。
「率直に申して、ミスター・イングルソープ、あなたの発言は信頼に値しませんね。これでは死んだ夫人も報われないでしょう。」
ウェルズの言葉に呼応するように、一つの甲高い咆哮が部屋の中に鳴り響いた。
「獣人【ライカンスロープ】ね。まさに番犬だったというわけだ。」
瞬く間にアルフレッドの身体は人の姿を失っていった。灰色の体毛が全身を覆い尽くしたかと思うと、骨格そのものが音を立てて変形していく。顔の形はもはや完璧に獣のそれになっていた。
目の前でニメートルを超える狼へと変貌したアルフレッドを興味無さげに観賞しつつ、ポアロは小さく欠伸をした。わたしは彼女とアルフレッドの間に身を入れながら、彼の着ていた服が楽々と伸びて、狼の身体にへばりついているのにユーモラスなものを感じていた。
「アフリカにいた頃、獣人【ライカンスロープ】は何度か見たことがありますが、これほど大きくはありませんでしたよ。」
「あっちにいるのはウィルスを使ったゲリラ用の汎用型だろ。」
ポアロが示唆したのは、大戦の末期に共和国【リ・パブリック】がアフリカに散布した遺伝子兵器のことで、これによってアフリカの哺乳類は半分以上が獣人【ライカンスロープ】へと変質したと言われている。かの地を暗黒大陸へと逆戻りさせた主要な原因の一つだ。
「こっちは野戦用なのさ。夫人が共和国を追われた直接の理由でもあるしね。実物を見たのは初めてだが、一群がそろえば「巨人」すら討ち取れるという芸術品だよ。亡命のせいで無かったことにされたようだけど」
どこまでも冷静な解説を加えるポアロとは対照的に、コテージの中にいた人間のほとんどが半狂乱で入り口へと殺到としている。その点、ウェルズは落ち着いたもので、自分の椅子にどっしりと座っている。口から泡を吹いているのも、考えようによっては親しみが持てて高得点だ。
「詳しいんですね。」
「前もって調べておいただけさ。統合政府は向こうと違って、この技術系を直接戦場には投入しなかったが、肉体改変の基礎をなした技術の一つでもある。」
狼の巨大なあぎとで威嚇されたウェルズは一瞬だけ正気に戻ったが、目の前の現実を見て、また心地のよい世界に戻っていってしまった。
「始末しますか?」
「放っておけよ。すぐに元に戻るだろうし、英国では彼らにだって権利が認められているんだ。」
ポアロの言葉通り、アルフレッドの乱心はニ十分と経たずに収まってしまった。彼は人間の姿に戻ると、あれほど伸びていた服も何事もなかったように元のスーツに戻ってしまう。これも夫人からの送り物に違いない。
アルフレッドは自分が検死審問の場を深く乱してしまったことを会場に残った人々に深く詫びると、悠々とした足取りでスタイルズ荘へと帰っていってしまった。
本来であればウェルズが止めるべきだったのだろうが、恐怖から目覚めたばかりの彼にそれを求めるのは酷というものだろう。
この騒動が終結してから三十分後、厳粛というよりは白けきった空気の中で、ウェルズと未だに戻ってこない五人の陪審員による評決が下された。
「単数もしくは複数による謀殺と評決する。」
評決はそれだけだった。アルフレッド・イングルソープは捕まらなかったのだ。