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改・スタイルズ荘の怪事件

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「やはり私には、博士の動機が分からないな。」
この話はさっさと切り上げた方が得策のようだ。
「わたしの見当違いという可能性だってありますからね。それと、これはここだけの話にしてくださいよ。」
「ああ、もちろんです。心得ていますよ。」
自分の部屋に戻ると、わたしは全てを振り捨てるように寝床に入った。眠気は来ず、わたしはいつものように意識を落とした。
翌日。朝食の後で、わたしはシンシアに話しかけた。ポアロの願いを伝えると、彼女は快く許可を出してくれた。
「いつでも構わないと伝えて下さい。実際の話、おば様が殺された後で、工場の生産量が落ちなかったのは、あのクメルの宗教モドキが工員の不安の捌け口になったお蔭だと思うんです。わたしは未だに、教義の意味すらよく理解できてはいないんですが。」
わたしは笑った。
「わたしだってそうですよ。」
教義その一、いかなる探偵も神ではない。
「それを聞いてほっとしました。この前”そのキャラ作りはダッカクの流れですか。”と工員に質問されて、なんて答えればいいのか困ってしまって。」
「そういうことにやたらにこだわるんですよ。」
「本当にそうみたいですね。」
しばらく二人で談笑していたが、やがてシンシアは周囲を見渡すと小声で言った。
「ミスター・ヘイスティングズ、この後はお暇ですか?」
わたしは不意に今のシンシアの立場の不安定さに気づいた。この少しばかり風変わりな女性の身元を保証していたのはイングルソープ夫人だったのだ。夫人が死んでしまえば、工場での地位さえ危ういかもしれない。
お茶を飲み終わると、わたしはシンシアと森林浴に出た。人目が気にならない程度まで進むと、シンシアはさっとゴーグルをとった。前を歩く彼女の表情はよく見えなかったが、その今にも潰れてしまいそうな背中が全てを物語っていた。
「あなたは紳士だし、なんでもご存知なんでしょうね。」
わたしが何も言わないでいると、シンシアは堰を切ったかのように喋りだした。
「わたしはどうしたらいいんでしょう。」
「どうしたらというのは?」
「つまり、エミリーおばさまは、わたしが困るようなことはないと、保障してくれていたんです。でも実際には、何もわたしには遺しては下さらなかった。きっと、まだ死ぬなんて考えていなかったんでしょう。わたしだって、あのおばさまが死ぬなんて毛ほども考えたことがありませんでした。けれど実際、おばさまは死んでしまった。すぐにここを出るべきでしょうか?」
「そんな、誰かがあなたにそう言ったんですか。」
シンシアは黙り込むと、しゃがんで足元に咲く花々に顔を近づけた。その優しげな仕草を見たなら、誰だって彼女にそんなことは言えないはずだ。
「いいえ。だけど、ミセス・カウンディッシュはそう思っているはずです。わたしのことを嫌っていますから。」
「嫌っているとは、穏やかじゃないですね。」
立ち上がって彼女は小さく頭を振った。
「人にはそれぞれ譲れないものがありますから。」
そう言うとシンシアはずっと握り締めていたゴーグルを再び着け直す。こちらを振り返った彼女は、小さく笑っていた。
「それでも自分を愛してくれる人が誰もいないというのは悲しいものですね。どうしていいか、分からないくらい。」
わたしは何も言わず、シンシアのことを抱きしめていた。何がわたしにそうさせたのだろう。彼女の震える声が、ゴーグルで隠された感情をわたしに告げて来たからか。あるいは、彼女の孤独と運命に対する純粋な同情だったのだろうか。
「わたしとここを出ましょう、シンシア。」
シンシアは急に背筋をのばすと、わたしを手で押し返しながら、いくぶん厳しい声で言った。
「考えなしにそんなことを言うものではないと思います。」
わたしはめげずに説得を続けた。
「考えなしなんかじゃありません。名義上でもわたしの妻になれば、英国からだって出れるんですよ。」
驚いたことに、シンシアは大声で笑いだした。
「あなたって本当にやさしいのね。それとも、誰にだって言ってるのかしら。」
「冗談なんかで、こんなことは言いませんよ。」
「そうね、ごめんなさい。もう大丈夫ですから。あなたが本気じゃないように、わたしだってそんなこと望んでいません。」
「それなら結構ですが、何も笑い出すことはないでしょう。」
「確かにそうですね。失礼しました。あまりにも意外だったもので。だけど、わたしはあなたに相応しい人間じゃありませんから──」
そんな言葉を残して、シンシアは森の奥の方へ消えていった。そのとき、わたしは自分が友人かも怪しい相手にプロポーズして振られたのだと気づいた。我ながら呆然とさせられたが、そもそも色恋にうつつを抜かせる立場でもない。これで良かったのだ。わたしはそう思った。
気を取り直すと、わたしはバウアスタイン博士を訪ねて町に出た。博士が油断していれば、何かボロを見せるかもしれないし、そうでなければ彼の警戒を解くために一計を案じるのもいい。上司の命令に先んじるのは優れた政府職員のすることではないが、英雄の部下ともなればそれだけではやっていられない。
バウアスタインが借りている家の扉をノックすると、何故か老女が出てきた。家政婦にしては小奇麗な格好である。とりあえず、わたしは愛想良く挨拶した。
「バウアスタイン博士はいらっしゃいますか?」
老婆はわたしを訝しげに見つめてきた。
「聞いていないのかい?」
「何をですか。」
「お迎えが来たんだよ、行政官の。」
わたしは内心の驚きを隠して言った。
「つまり、逮捕されということですか?」
相手が頷くと、わたしはポアロを求めて走りだしたのだった。