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改・スタイルズ荘の怪事件

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「バグかと思ってスルーしたが、やはり、そうなるのか。致し方ないな。」
声がそう言うと、黒一辺倒の空間に光が満ちた。いつの間にか耳を壊さんばかりだった轟音はなりを潜め、辺りからは一切の音が消えていた。静寂の中から一つの人影が現れる。
それは十台前半の若者で、その顔つきはどことなくジョンに似ていた。まだ成長しきらぬように見える身体に、典雅な紳士服をまとわりつかせながら、かつての英雄は楽しげに口を開いた。
「こういうべきなのかな。誰だ、貴様。」
わたしは干からびた宮廷礼を古式に則って流麗に決めると、彼に向けて名乗り上げた。
【彼女がポワロで、彼がアーサーなら、わたしは必然【銘探偵】さ。】
「そういう仕組みだとは知らなかったが、お会いできて光栄だよ。メルカトル。」
【彼らはほとんど反則級のカードだからね。わたしの出番など無きに等しいんだけど、君は流石だね。】
「今更、君が出てきたところで、こちらの王手を外すに──不思議の国。なるほど六つ子か。」
これだから天才という人種は度し難いのだ。
【物分かりがいいのは助かるが、挨拶の一つくらいはしてくれたまえよ。】
「それは失礼。どうも、はじめまして。スティーヴン・ノートンだ。あるいは、ローレンスと名乗るべきなのかな。エミリー・イングルソープの息子という意味では。」
古風な装いに身を包んだ少年の発言に、わたしは思わず笑ってしまった。
【素直に【メディナ】と名乗ってくれればいいじゃないか。】
「いやいや、こっちは隠居した身だ。現役の人の前で名乗るも違うかなと思ってね。しかし、立ち話もなんだな。」
彼が指をこすると、地面が一瞬で盛り上がり、テーブルと椅子が形作られる。この場所の全てが彼の支配下にあるわけだ
【反則のかたまりみたいな人が、どの口で言うんだか。】
「ん?アルゴノイタイには性別がないんだ。別に俺が女の名前持ってたって変な話じゃないだろう。」
椅子に腰掛けながら、わたしはわざとらしくため息をついた。
【そんな瑣末なこと、誰も話題にしてない。あるだろ、他にもっと掟破りが。】
「分かってるよ、そう慌てるなって。君には及ばないが、俺だって昔は真名【Dネーム】持ちだったんだぜ。「あらゆる適切な事実」くらい心得ているさ。犯罪者一流の自白心理で、一つ一つ疑問を晴らしていこうじゃないか。まずは、ここで使われている技術についてだ。」
メディナはそう言うのと同時に、再び周囲に轟音が戻ってきた。彼が座ったまま足を踏み鳴らすと、漆黒の幕は一瞬で姿を消し、この暴力じみた音の主がわたしの前に正体を現した。
【階差機関【ディファレンス・エンジン】だね。】
地平線のはるか先まで続いている鋼鉄と歯車で作られた機械群は、十九世紀にイギリスの数学者チャールズ・バベッジが実用化させた計算装置に驚くほど類似していた。
「ご明察。さすが、統合政府の高官は教育が違うな。この場所は元々、共和国【リ・パブリック】の司令部の一つでね。広さだけで英国本土の八分の一ある。中身は彼らが撤退の際に無に帰したが、残った箱を丸々使っているわけさ。シリコン素子は無理でも、鋼鉄の部品なら母の工場でいくらでも作れるからね。もちろん、そのための工場なわけだけど。」
彼は自慢のおもちゃを見せびらかす様に手を広げている。わたしは改めて眩暈に似た感覚を覚えた。もちろん、それは響き渡る轟音のせいではない。
【大は小を兼ねるとはいえ、流石に少々馬鹿らし過ぎる答えだ。】
「最初期に電卓にも劣る機械を試作してたときは、俺も死にたくなったけどね。目標は生体工学の周辺に限られてるし、で予算も効率も度外視となれば、達成そのものは容易だ。」
わたしは呆れた顔をしていた。確かにゴールの形が分かっていれば、技術開発を早く進めることは出来るだろう。しかし、たった数十年の間に十九世紀からの人類の科学技術の進歩をなぞり直すなど法外にも程がある。
「どうやら、一つ目の解答には満足してもらえた様子だな。」
【博士はそのために呼ばれたわけだ?】
「それは違う。バウアスタインの存在はこの計画の前提条件の一つだ。彼はテレパスを用いて体内で生体ナノマシンを養殖できる特異体質でね。電子機器と違って、生体ナノマシンを英国に持ち込むのは難しくないが、手間には違いない。彼がいなければ、今でも俺はこのガラクタに囲まれて生体ナノマシンのシミュレーションに追われていたはずさ。」
その言葉とは裏腹に、彼の口調には博士への感謝など微塵も存在していないようだった。感じられるは適切な道具を選びぬいた自分への賛辞だけだ。おそらく、博士の体質も後天的なものなのだろう。
「さて、二つ目の疑問は、俺の存在かな。」
【それが順当だろうね。】
メディナの指がまたこすると宙に映像が投影された。そこに映し出されたのは、若かりし頃のイングルソープ夫人だった。
「この映像を見てどう思う。」
【わたしの記録によれば、これは亡命当時の夫人の映像はずだが。】
わたしは不可解な顔をしてみせた。
「君はアーサーと違って演技派だな。そこに俺がいるだろう。」
わたし夫人しか写っていない映像を眺めながら、今気づいたような顔をした。
【妊娠している?】
映像の加減かもしれないが、夫人の腹周りは数日前に見た姿より多少膨らんでいるように見えないこともない。
「よく出来ました。母さんは亡命したとき、俺を体内に宿していた。もっと正確に言うなら、俺を体内に宿したから亡命したのさ。」
わたしはそこまで聞いて、一つの信じられない結論に辿りついたような顔をした。
【イングルソープ夫人の専門は遺伝工学だったね。】
夫人はこの分野では、十代で共和国の国立研究所の所長に就任するほどの天才である。だが、共和国【リ・パブリック】では遺伝工学の成果は専ら動物の兵器化などに使われ、遺伝病の治療以外の人間への使用は禁じられていた。あの夫人ならば、それを不自由に感じていてもおかしくはない。
「母を悪く言うのもなんだが、本当に研究しかない人でね。名声こそあったが、戦時中に遺伝病の研究なんて予算が下りないから、研究者としては行き詰っていた。そこに戦場から心身を壊した新鮮なモルモットだけはやってくるわけだ。」
母親の仕事人間ぶりを示す愉快なエピソード、「メディナ」にとっては、人体実験すら、その程度のものでしかないのだろう。
【だが、夫人の立場ならバレないはずがない。】
「それでも五年は誤魔化したんだから大したものだとは思うよ。直接関与した死者の数だけで数千人は下らないからね。」
自分ならずっと誤魔化せる。彼の口調は明白にそう言っていた。
【そして亡命した。自らの技術の粋を母胎の中に隠して。それが貴方だ。】
「意識が覚醒したときのことを今でも明瞭に覚えているよ。あの燃えるような赤の中で、俺は自分が何であるかを知ったんだ。俺は母のもう一つの脳だった。彼女の目を通して世界を知り、考え、いくつもの問題を解いた。そして、俺は「メディナ」になった。」
【夫人は貴方の存在を隠すための容器に過ぎなかった。】