敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
個室
どうしておれはまだ生きてるんだろう。
古代は思った。本当は、おれはあのとき三浦の家で親と一緒に死んでいるはずなのかもしれない。ただフラフラと横浜を歩いていたため助かったのだ。でもそれを『助かった』と言えるのか。死ななかっただけじゃないのか。
行く場所がなく軍に入った。戦闘機のコースに入れられ、このまま死ぬのだろうなと思った。宇宙戦闘機のパイロットが長く生きられるはずがない。これがそういう戦争なのは、すぐに理解できることだ。
それでもいいや、と思っていたら整列中に、古代お前は前に出ろ。ハイと叫んで進み出ると補給部隊に配属とくる。あのときズラリと並んでいた他の候補生達のおれを見る眼が忘れられない。成績では自分はかなり上であったはずなのに。
あのときの訓練仲間はみんな死んでしまっただろう。おれだけがポンコツロボットを供にして、ずっと今日まで〈がんもどき〉を飛ばしていた。その結果が……その結果が……。
基地を燃やしたあの炎。無人機に突っ込んだ〈コスモゼロ〉。
気にするな、君のせいではない――あの真田という男は言った。
そうだろう。そうなのだろうさ。おれのせいじゃあねえよ。なあ。すべてはあの得体の知れぬカプセルのためだ。おれはただ、それを運んだだけに過ぎない。責任なんか、別にひとつも……。
いいや、違う。そもそもおれが、おれなんかが生きているからいけないんじゃないか! 落ちこぼれのがんもどきパイロットひとりのために、一体どれだけ死んだというんだ? おれはこんなことのために今日まで生き延びてきたというのか?
今は話をする相棒もいない。アナライザーは『こんなセコハンでも役に立たなくはないだろう』と言われて連れていかれてしまった。
そして自分は、
『今は貴様にかまっているヒマはない』
そう言われて今の小部屋に押し込まれ、外から鍵を掛けられてしまった。渡されたのは少しばかりの携帯食と、電気炊飯器みたいな蓋付き便器。
士官用の個室のようだが、ずいぶんと狭い部屋だった。壁から引き出す式のベッドと机。壁に埋め込みのテレビがある。後は棚があるだけだ。ベッドは体が浮くのを防ぐベルト付き。ドアは完全密閉式で、気圧差で開かなくなった場合の非常弁が付いている。空調ダクトにものものしい注意書き――これはまさしく宇宙戦闘艦艇の船室以外の何物でもない。
なんなんだこれは。あの沈没船は張りぼてで、内側に宇宙船があったのか。それも、かなりデカいのが。しかし何もこう床まで傾けなくていいんじゃないのか? わざわざこんなことをするのに、一体ぜんたいどんなわけが。
便器を手に考えてしまった。わからん。床を傾けたら、そりゃあトイレも使えないよな。ここで働いてる連中、みんなこいつで用を足しているのかしらん。
――と、不意にテレビが勝手に点いた。今まで何をしたところでまったく起動しなかったのだが、
『緊急ニュースを申し上げます』
映ったのはニュース・スタジオ。キャスターが言った。
『国連及び日本政府より、市民の皆様に重要なお知らせです。本日、地球防衛軍は侵略者ガミラスとの最終決戦兵器として宇宙戦艦〈ヤマト〉を発進させると発表しました。詳細については――』
「はん?」と古代は言った。「やまと?」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之