敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
第一艦橋
宇宙戦艦〈ヤマト〉――その第一艦橋では、艦橋勤務のクルー達が発進準備の手を止めて、メインスクリーンに映る放送を見上げていた。同じものが艦内じゅうにいま流されているはずだ。
操舵長の島大介が言った。「やはりこっそり発進というわけにはいかなかったな」
「当然だろ」砲雷長の南部康雄が応える。「ここまで状況が絶望的じゃね。『座して死を待ちましょう』とは市民に言えないじゃない」
「だからって、コスモクリーナーのことまで公表するのかな」航海長の太田健二郎が言った。「この船の行き先をガミラスに教えるようなものだけど……」
「でも、言うしかないんでしょうね」通信長の相原儀一が言う。「地下の有線放送と言っても、言えば必ずガミラスに伝わることになる。イスカンダルへ行くと知ったら敵はその先で待ち構える。でもどうせ、やつらはとっくに知ってるはずというんなら……」
「民衆をなだめるのが優先てことね」船務長の森雪が言った。「『放射能は必ず除去できます』と。でも、本当にそう考えているのかしら」
「まずないでしょう」戦術長の新見薫が言った。「〈ヤマト〉に次ぐワープ船の建造を地球政府があきらめているはずがありません」
太田が言う。「けど、例の〈コア〉っての、イスカンダルは一個しか送ってこなかったんだろう」
「ああ。でもわかってたことさ」と島。水に浮く船でパイロットと言えば水先案内人であり、操舵士はただ舵を動かすだけの人間だが、宇宙船でのそれは飛行機の機長に近い。航海士の太田はナビゲーターであり、この島の方が実質的な航海の長だ。「それでも見本が一個あるなら、調べてそれと同じものを作る望みがないわけじゃない――」
「ただし、その調べる時間ももうなくなった」と南部が言う。砲雷士の役は説明するまでもあるまい。
「とは言っても――」と森が言う。船務士とは船の運航管理役だ。艦橋ではレーダーなどのオペレート業務をすることになる。「そんなの、元々たいして期待はしていなかったんでしょう。〈ヤマト〉はどうせ、明日あさってにも出航しなきゃいけなかったんだし。二日や三日つついたくらいで何かわかるようなものなら、イスカンダルに教わらなくても地球で作ってるんじゃない?」
「そういうことなんだよな」と相原。通信士とはこれまた説明の必要はなかろう。「でもだからって、ワープ船を自力で建造する望みを地球が捨てるはずがない。波動エンジンの作り方だけはわかったんだ。足りないのが〈コア〉だけとなれば、なんとかあと一年のうちにそれを作ろうと考える」
太田が言う。「そうすれば、エリートだけが逃げることができるから」
島が言う。「それだ」
「例の〈サーシャの船〉というのも、回収に動いているはずです」と新見。宇宙艦艇で戦術士とは情報の分析役だが、彼女はこの二十代ばかりの若い艦橋クルーの中でも最年少だ。「それに何より、この〈ヤマト〉が〈スタンレー〉を叩いたら、ガミラス艦の捕獲が可能になるかもしれません」
森が言う。「『しれません』、でしょう? 実のところ、それってどうなの」
太田が言う。「とにかくこれまで、残骸さえまともに手に入れられなかったんだからね。もし生きてるガミラス艦を捕獲できたら、それはそのままエリートの逃亡船になるんだし」
南部が言う。「まあともかく、生きてるにせよ死んでるにせよ、ガミラスの船を調べられれば、地球が〈コア〉を作る望みも高くなるっていうことだ。するとやっぱり政府が〈ヤマト〉に望んでるのは、イスカンダルへ行くよりも冥王星を叩き潰すことなのかな」
島が言う。「おれは〈スタンレー〉に行くのは反対だ」
「現実的になれよ」と南部。
「そっちこそ。エリートだけが地球を逃げてどうするんだ。だいたいいくら波動砲でも、星を丸ごと壊せるほど冥王星に近づけない算定なんだろ。地球の船でそこまで行ったものはないんだし。みんな途中で殺られてるんだ」
「だからそこは、君の操艦技術でさ」
「軽く言うな!」
「まあまあまあ」と森。「無理なようなら〈スタンレー〉は迂回する計画でしょう。地球政府もできることなら人類全部救けたいはずよ」
太田が言う。「人類を……か。ぼくらにほんとにそんなことができるんだろうか」
相原が言う。「できますよ。太田さんが道を間違えなければね」
「ちぇっ」とまた太田が言った。それで一同がちょっと笑った。
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之