敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
紹介
古代はキツネにつままれたような心境だった。あの白ヒゲの艦長に言われたことが理解できない。
そもそもなんでおれを呼びつけたんだろうと思いつつゴンドラを降りると、第一艦橋の面々が、こっちの顔に何かついてるような眼をしてジロジロ見てくる。でなけりゃ、てっきり頭からバリバリ食われちまったもんと思っていたものが、なんで生きて出てきたんだろうとでもいう調子だろうか。
「ええと……」
と言って見渡した。今の自分の顔にもし文字が書いてあるとすれば、きっと《複雑》とあるのだろう。それを読んでる誰もが複雑な表情だった。ひとりひとりがなんか微妙に違う上、こちらが知らない顔もある。これはかなり複雑だった。どんな顔すればいいんだろうか。
「ああ、すまん」
と言ってひとり寄ってきた。見覚えもある気がしたが、どこでだったか思い出せない。いや待て、これは――。
「わたしが副長の真田だ」
と言った。思い出した。「あのときの――」
「そうだ。航空隊の隊長というのに、この艦橋は初めてだったな。艦長に何を言われたのかは聞かんが……」
「何を言われたの?」と森が言った。「艦長はあなたになんの話だったの?」
「え?」
と言ってたじろいだ。ちょっと待ってくれ、と思う。
真田が森を睨みつけた。当然だろう。この男の方が階級が上で、それが『聞かない』と言ったのだから、下の者が横から『聞かせろ』と言うのは許されることではない。
おれにしたって、これじゃあ言うに言えないじゃないか。話せば真田の位を無視することになってしまう。
それに大体、他人に聴かせる話じゃないからおれだけ上に呼んだはずなのだから、真田の言うのが正しいはずだ。この女が何を言おうとおれは応えるべきではない。
そうは思うが、空気がどんどん複雑微妙難読化していくのが感じられた。真田と森が睨み合う。その直線を底辺とする三角形の頂点にこれは立たされてしまったのだと古代は思った。この状況、どうすりゃええっちゅうまんねん。
「まあまあ」
とハゲ頭の老人と言っていいような男が、この三角に割って入るようにして言った。さっきの佐渡医師といい、今日はずいぶんハゲに縁のある日のようだ。
「わしは機関長の徳川だ。艦長から『言うな』と言われたのだったら聞かないが、差し支えないようなら教えてくれんかね。艦長は君になんの話だったんだ?」
伺いを立てるように真田を見る。真田はこの徳川という男に頷いた。こうなると言うしかないようだが、
「いやその、別に……『地球を〈ゆきかぜ〉のようにしたくない』とか、そんな話をされただけで……」
「ふうん」
と真田。しかし森が、
「何よ、それだけ? 命令違反を咎められたとか、逆に、今日はよくやったと言われたとか、そんな話じゃなかったの?」
「いや、そういうことは特に……」
「何よそれ」とまた言った。「やっぱりエコ贔屓じゃないの」
「え?」
と言った。理不尽だ。別に褒められもしなかったっていま言ったじゃないか――そう言いたいところだったが、森はソッポを向いてしまう。その顔からは、こっちが怒られてほしかったのか褒められてほしかったのかよくわからない。
「まあいいだろうそのことは」と真田が言って、「君の兄、〈ゆきかぜ〉艦長古代守三佐のことは、わたしからも悔やみを言わせてもらう――せっかくだから、この機会に艦橋クルーを紹介しよう。ええと、まずは……」
白地に緑のコードを付けた艦内服の男を示した。古代をどう見ていいのかわからずにいるような者達の中で、ひとりだけ、ニヤニヤと笑みを浮かべてこちらを見ている。
「操舵長の島大介。君は過去に知っているはずだが……」
「島?」
と言って相手を見た。その名前には確かに聞き覚えがあった。それに、顔にも――。
「覚えているか?」と相手は言った。「同じ船に乗っているのに、全然これまで会わなかったな」
「島?」と古代は言った。「お前……生きてたのか」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之