敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
天竺を目指す
再び〈ヤマト〉第一艦橋。島大介以下のクルーが、同じ放送を見やっている。
「〈イスカンダル〉っていうのはやっぱり言っちまったな。それがどこを指すのかはガミラスにはお見通しかもしれないのに」
「けど、今のでも言ったよね、『累が及ぶかもしれない』と。実のところどうなんだろう」
「ありゃあ本当の狙いは別さ。民衆に十四万光年も遠くにあるって教えたくないんだ。イスカンダルはガミラスにしてもおいそれと手出しはできない相手なんだろうってのが推測だ。でなきゃ地球に手を差し伸べられないだろう」
「だから少なくとも、ガミラスはイスカンダルの手前では〈ヤマト〉を待ち伏せできないだろうと」
「一応そういう見込みの元に計画立てているわけですよね」
「イスカンダルは〈天竺〉か。荒廃の地を救うため、経(きょう)を求めて十四万八千里……まるっきり西遊記だよな。あれは本当は何里だったっけ」
「とにかく地球は一周が四万キロしかありません」
「マゼランまでの距離だって怪しいもんなんじゃないのか? 航海長、ちゃんと〈海〉を見てくれよな」
「ぼくは正直、真田技師長が副長になってくれるってのがうれしい。このドタン場でそれだけが唯一の救いだと思うよ」
「同感。しかし兼任なのかな」
「なんじゃないの? あの南雲二佐がまんま副長で行くんだったら、とてもとても……」
「まるっきり軍司令部のお目付け役だったもんね」
「死者の悪口を言うのは良くないですよ。特に縁起が」
「そうでした。けどさあ、あれって下士官の顔すらまともに覚えてなかっただろ。ここの斜めの床を踏まずに沖縄基地に入り浸っているからだ」
「だから悪口は良くないって……」
「もしかして沖田艦長、真田さんを副長に上げるために――」
「え? いやあ、それはない。〈コア〉が一緒に破壊されるおそれだってあったんだから」
「あ、そうか。けど、〈コア〉と一緒と言えば、例のパイロット。操舵長、彼を知ってるって言ってましたね」
「古代か? 訓練生のとき一緒だったよ」
「じゃあ島さんと同じクチ?」
「そうだな。あの頃、戦闘機乗りになりかけて、途中で抜かれた人間は、何かの理由ですぐ死なすのは惜しいとされたやつってことだ」
「おお、言うねえ」
「本当なんだからしょうがないだろ」
「じゃ、なんでそれが、〈がんもどき〉なんか飛ばしていたの?」
「おれに聞くなよ」
「その彼のせいで沖縄基地が……」
「よせよ」
「だって……」
「よせって」
「でもよ。これじゃ、人は秤に載せられたようなものじゃない。〈コア〉を取るか基地を取るかの選択で、〈コア〉が取られたのよ。そうでしょう? 何を犠牲にしたとしてもカプセルをここに届けなきゃならなかったから、あの基地は……」
「森! それ以上言うな!」
「何よ、本当のことでしょう! いいわ、彼のことはいい。けど一体、今日の地球のザマはなんなの? あたし達、なんのために戦ってきたの? 食料求めて暴動起こす人がいるのはわかるわ。けど、どう見ても今日のあれは違うじゃない! 一日くらい野球が見れないからってそれがなんなのよ!」
「森! たとえ本当でも言っていいことじゃない!」
「どうして? どうしてずっと命懸けで戦ってきた人間より、荷物運びのパイロットが大切なの? あたし達は死んでいい存在なわけ? だから船を動かす電気も、頭を下げて分けてもらわなきゃならないの? あたし達、人類を救いに行くのよね? なのに、どうして――」
後は言葉にならなかった。全員が黙り込んだ艦橋に森の泣き声が続いていた。
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之