敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
敵圏内
「どうしていいかわからない……」
森は頭を抱えて言った。〈ヤマト〉中央作戦室。森が向かう会議用の大卓には、書類の束やコンピュータ端末が広げられるだけ広げて山になっている。両肘を卓に突いて、その山に森は潜っていきそうだった。
「どうしたんです?」
と、同じ卓の向こう側でコンピュータの端末器を叩いていた新見が言った。
「土星行きのことよ。運行計画を立てなきゃいけないわけだけど」
「まだ出来ていないんですか?」
「だから困っているんじゃない。予定が狂いに狂ってるから、作るたんびに壊れてくのよ。だいたいそもそも土星なんて行くはずなかった星でしょう?」
「そうでしたね」
「そうでしたのよ。コスモナイトが必要となった。火星やガニメデでの調達もできなくなった。だから直接タイタンへ行って掘るしかない、と。それだけでも頭痛いのに、いろいろ調整が必要になって……」
「テストでやっぱりたくさん不備が見つかったんでしょう」
「急造艦だものねえ。それもあんなへんてこな造り方ってないわよねえ。だから予想はしていたけれど……」
「ははあ」
「けど、なんと言ってもヒューマン・ファクターよ。操舵士はワープ前の忙しいときにかるた取りで遊び出すし!」
「は?」
「そのツケが全部あたしにまわってくるのよ。もうどうしていいんだか……」
「はあ……で、土星の件ですけど」
「問題はねえ、木星過ぎたらもう敵の圏内だってことなのよ。木星ならば近くに味方がたくさんいるから、主砲の試射でもなんでもできる」
「まだそれ、やってないですよね」
「うん。今この瞬間みたいに、こうしてまわりに何もないとこ飛んでるぶんには大丈夫。近くに敵がワープしてきても、こっちがワープで逃げてしまえばいいんだから。イタチごっこになるのはわかりきってるから敵も今は手を出してこない」
「ええ。と言うより、逃げ場所を選べるこちらが有利です。罠を仕掛けてどうにでも敵を返り討ちにできる」
「そう。それがわかっているから敵は来ない。けど土星でしょう――あれだけ大きな星のそばに近づくと、重力の影響でワープできなくなってしまう。ましてやタイタンで石を採ろうとしてるなんて知られたら――」
「そうか」と言った。「〈ヤマト〉はまわりを敵に囲まれてしまいますね。タイタンのそばに陣取られて石を採ろうにもできなくなるかも」
「だから土星に行くことは、そのときまで敵に悟らせないようにしなけりゃならない。まして石を採るなんて、絶対気づかせちゃあいけない――」
「ええと」
と言って新見は、自分がしていた作業を止めた。代わりに端末器をカチャカチャやって土星とタイタンのデータを出す。
「タイタンは直径約五千キロ。地球の月の1.5倍……全体がオレンジ色の厚いもやに覆われている。降りてしまえば石を採っていることは敵にはわからないんじゃありませんか?」
「それだけが唯一の救いよね」と言った。「コスモナイトの採掘がバレたら、間違いなく土星の近くに十隻の敵がワープしてくる」
「じゃあどうするんです? 〈ヤマト〉は十隻相手にして戦えるように造ったと言っても、さらに二十三十と来るかもわからないでしょう。どっちにしても石採りどころではなくなってしまう」
「それよ。交戦は避けなきゃいけない」
「となると……ええと、そうですね。〈ヤマト〉はなるべく土星から遠く離した軌道に浮かべ、星めがけて砲や魚雷の試射でもやってるように見せかける……どのみち試射はやらなきゃいけないことでもあります。で、密かに艇を出してコスモナイトを採掘し、敵が来る前に済ませて逃げる――」
「そう。それしかないというのはわかってるのよ。けど、密かに艇を出すって、どうやって……」
「がんばってください」
と言って新見は、自分の仕事に戻ってしまった。
「そっちは何やってるの?」
「実は今、古代一尉のことを調べています」
「ハア?」と言った。「何よそれ」
「何って、今後の戦術のために……」
「あんなのがなんの役に立つって言うの」
「いえでも、〈ゼロ〉のパイロットですし……」
「パイロット」
「航空隊の隊長ですし」
「航空隊の隊長」
「これは艦長の決められたことで」
「艦長の決められたこと」
「いえあの、森さんが彼をどう思っているかはともかく……」
「〈がんもどき〉でしょう、あれは!」
「ええまあ、そうかもしれませんが……」
「なんで?」と言った。「どうして、みんなであれのことを贔屓(ひいき)するの?」
「誰も贔屓はしていないと思いますよ。どちらかと言うとむしろ……」
「とにかくよ。あいつを調べてどうするって言うの。ねえ。なんかすごいもんでも出てきたわけ」
「うーん、経歴からは特に何も……よくわからない人ですね」
「あははは。よくわからない」
「補給部隊に配属になった理由がひとこと、『闘争心に欠ける』です」
「闘争心に欠ける?」
「ええ。つまり、戦闘機乗りとするには、ということだと思うんですけど」
「致命的じゃん」
「やっぱり、誰でもそう思うんですかねえ。でも、なんかそれだけではないような気がするんです。島操舵長も何か知ってるみたいだし、彼を見た何人もの人間が古代進を死なせるのは惜しいと考えたのは確かなはずで……」
「とにかく、調べて出てきたのが『闘争心がない』ってだけなの?」
「『ない』じゃなくて『欠ける』……ええまあ。それで今、〈七四式〉でガミラスのステルス三機と渡り合ったというときのフライトデータを解析しているんですけど、これがまたややこしくって……」
「がんばってください」さっき言われた言葉を返した。「この〈ヤマト〉に、闘争心のない人間は必要ないと思いますけど」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之