敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
〈ヤマト〉はもう帰ってくるな
『イスカンダルなど信用できなーい! コスモクリーナーなど要らなーい!』
『ワープ反対、波動砲はんたーい!』
『〈ヤマト〉はもう帰ってくるなーっ!』
『冥王星を壊してはならなーい!』
このように叫ぶ人々の群れが地下都市の通りを練り歩くのが、〈ヤマト〉艦内でもまだ見ることのできるテレビ画面に映っている。
『世界各地で〈ヤマト計画〉反対のデモが起こっています』マイクを持つリポーターが言った。『ここ日本の関東地区でも、〈ヤマト〉に反対する人々が地球防衛軍司令部を連日取り囲んでいます。彼らの主張は「降伏は無意味と言うのをやめよ。イスカンダルよりガミラスを信じるべきである。すべての軍備を捨て去れば彼らは出ていき青い地球を返してくれる。だからコスモクリーナーは不要」というものです。彼らはまた、波動砲で冥王星を破壊することや宇宙戦艦〈ヤマト〉がワープで外宇宙を航海することにも強い拒否の姿勢を示していて、「それは決して人間には許されない神の業(わざ)であり、人類は与えられた太陽系の環境だけを使い守っていかねばならない」と主張を述べています。ゆえに「〈ヤマト計画〉を持ちかけてくるイスカンダルは悪であり、決して頼ってはならないもの」としています』
スタジオからキャスターの質問。『そうした動きは、〈ヤマト〉のワープ成功を受けて高まったものとみられますか?』
『はい。こうしていましても、「ワープを許すな、〈ヤマト〉はもう帰ってくるな」という叫びがやむことなく聞こえてきます』
『どうもありがとうがございました』
画面がスタジオに移る。
『ええとこれは、どう受け止めるべきなのでしょう。市民のこうした反応は当然のことなのでしょうか』
『うーん、一部の人達が過剰に反応しているだけとは思いますが……なんと言っても大多数の人々が〈降伏は無意味〉の論に納得しているわけで、それが変わっているわけではありませんからね。それに何より、ガミラスが去れば青い地球もまた戻るという考えになんの根拠も信憑性もないわけで』
『降伏論者は以前から、「ガミラスは実はいい異星人であるに違いなく、降伏すれば放射能も消してもらえる」と主張していたわけですね』
『はい。それを多くの人は笑って退(しりぞ)けてきた。そこに〈イスカンダルのコスモクリーナー〉という言葉が出てきたものだから、降伏論者としては反発せずにいられないのだと思います。そしてワープの成功で〈ヤマト〉が帰ってこれる望みが高まった。これが彼らには都合が悪い』
『なるほど……ですが一方で、そうでない一般市民の間でも「船一隻だけで来いなどと言うイスカンダルが本当に信じられるのか」といった声が高いようですね』
『それも当然の考えでしょう』
『ありがとうございました。さて番組では、〈ヤマト計画〉に反対する市民団体のひとつに接触、代表者の話を聞くことができました。そのインタビューをご覧ください』
画面が変わる。《正しい太陽系を作る会》と書かれた旗を背にした人物が映った。
インタビュアーの質問:〈ヤマト計画〉に反対とのことですが。
「当然です。軍事力でなんとかしようという考えが許せません。イスカンダルへコスモクリーナーを取りに行くと言うのなら、非武装の船で行くべきなんですね。なぜ軍艦で行こうなどとするのでしょう。どうしてそんな考えになるのか、ワタシには理解できません」
非武装で行けば、ガミラスに殺られるだけではないでしょうか。
「そんなことはありません。武器を持つから攻撃を受けるんです。武器のない者は決して敵に襲われることはないんですね。ですから、その方が安全なのです」
それと同じことを言って、これまでにピースボートが何百隻も制止を振り切り宇宙へ出て行き、すべてガミラスに嬲り殺しにされていますが……。
「いいえ、それも誤解です。日本政府が憲法九条を守らないから、彼らに誤解されるのです。自衛権の行使などというものは、個別的なものであれ集団的なものであれ決して認めてはならないのです。たとえ世界が武器を持っても、日本さえ非武装ならばガミラスは襲ってきませんでした。なのに新造戦艦の名前が〈やまと〉! おまけに、なんですかあの形は! ふざけんのもいいかげんにしろとワタシは言いたい! これだから日本は、宇宙から、あの昭和の戦争の反省がないと思われるのです!」
ええと、ガミラスがやって来たのは、日本が250年前の戦争責任を取ってないからとおっしゃるのですか。
「そうです。それに疑いの余地はありません。このままではガミラスだけでなく、全宇宙から日本は反省しない国と言われてしまうでしょう。それでいいのですか。ダメでしょう。ガミラスだって本当は地球人と仲良くしたいはずなのです。友好を望まぬ異星人など宇宙にいるわけがないのです。ですからいつか話し合いに必ず持っていけるのですね。我々がすべきは戦うことではない。愛し合うことなのです」
ガミラスとですか。
「そうです。愛を伝えれば、異星人も必ず地球に愛を返してくれるようになります。冥王星を波動砲で吹き飛ばすなどという行為は、その機会を永遠に葬り去ってしまうことになるのです。波動技術を手にするとすぐ、それを兵器に使おうとする。そんなことでは太陽系を未来へ遺していけません」
まずは人類の存続を考えるべきと思いませんか。このままでは一年で女性が子を産めなくなると言われますが。
「いいえ、そのような考え方が問題を悪くしたのです。宇宙に軍を送るから、敵がますます攻撃する。波動砲も隕石を防ぐためだと言い訳して、結局それをかつては惑星と呼ばれていた重要な星を壊すのに使う。人類の存続のためならば太陽系の環境を破壊してもいいというのが間違ってはいないでしょうか」
ご意見はともかく、この状況ではそれもやむを得ないという声があります。それにどう応えますか。
「やむを得ないことなどひとつもありません。隕石だろうと準惑星だろうと、大切な太陽系の一部なのです。ワタシ達はその自然を守ってゆかねばなりません。どんな隕石も決して落ちてきたくて落ちるのではないのですから、武器で壊すのではなくて愛の力で向きを変えさせてやるべきなのです。波動砲など要りません。コスモクリーナーも要りません。この侵略も放射能も、愛があれば変えられます。ガミラスに愛を伝えましょう。彼らと愛し合いましょう。愛こそ解決に至る道。日本が変われば世界が変わり、全宇宙がやがて愛に包まれるのです。ですからワタシ達、愛の戦士である〈正しい太陽系を作る会〉は、宇宙戦艦〈ヤマト〉によるすべての計画に反対します」
どうもありがとうございました。インタビューを終わります。
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之