敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
ヒューマン・ファクター
〈ヤマト〉中央作戦室では、〈土星の衛星タイタンにおけるコスモナイト採掘計画〉がまだ立案できないでいた。森はいよいよ頭を抱え込んでいた。
「ええと」と結局、資料を見させられるハメになった新見が言った。「とにかく〈ヤマト〉をタイタンに直接降ろすわけにはいかないんですね」
「そう。そんなことしたら、土星だけでなくタイタンの重力の影響でワープできなくなってしまう。ワープで逃げられないと見れば敵は必ず大艦隊を差し向けてきて、〈ヤマト〉は包囲されてしまう」
「だから土星と距離を開けて停泊し、砲や魚雷を撃ちまくる。試射のために来たと思えば敵は手を出してこないはず――これはさっきも言いましたね」
「そう。本当の目的はコスモナイトを採ることだと気づかせてはいけないのよ。それを知ったらやっぱり敵は襲ってくる。ガミラスには〈ヤマト〉はいつでもワープで逃げていけると思わせておかねばならない」
「だからこっそり小型の艇をタイタンに送ると――これもさっき聞きました。で、何が問題なんです?」
「問題は切り出した鉱石をどう〈ヤマト〉に運ぶかなの。作業員と機械を積んだら艇はいっぱいいっぱいで、鉱石を積む余裕がないのね」
「なら、機械は使い捨てて、帰りは石だけを積んだら?」
「情報によると鉱脈は露出してるはずだから、レーザーで切り出すのに大きな機械は必要としない。ただ、問題はもうひとつあって、つまりタイタンの大気なのよ。地球よりも濃い空気の抵抗を振り切って脱出速度まで加速するには、石を積んでだとどうしても……」
「ははあ。タイタンって、結構大きい星ですもんね。これだけあると重力もバカにならない。ええと、地球の七分の一ですか……石はどれだけ採らなきゃいけないんですか?」
「1G下で2トンぶんほどって言うんだけど」
「脱出速度は秒速2.6キロ――大気の抵抗を考えたらなるほどキツイか。もう一艇出すにしても……」
――と、そこに、ドアが開いて真田が部屋に入ってきた。
「森君、土星のことなんだが」
「わっ!」森は飛び跳ねた。「すみません、いま出来るところです」
「出前を頼んでるんじゃないぞ。まだだったらちょうどいい。悪いがひとつ追加があるんだ」
新見がひとりつぶやいて言った。「出前を頼んでるみたい……」
「またですか? なんでしょう」
「古代一尉のことだ。彼を一度、〈ゼロ〉に実際に乗せなきゃいかん。土星行きの計画に突っ込んでくれ」
「は?」
「ただ宇宙を飛ばさせてもしょうがないだろう。タイタンなら大気もあっていいはずだ。古代一尉にあの星の空を飛ばさせる」
「ど、どうして?」
「『どうして』って、これを逃のがせばもう機会はないからな。太陽系を出る前に〈ゼロ〉に実際に乗さすんだ。これは艦長命令だ」
「ヒュ」と言った。「ヒューマン・ファクター……」
「なんの話だ?」
言って真田は新見に眼を向けた。新見は笑って首を振った。
森は言った。「真田副長! 言わせてもらってよろしいですか!」
「なんだよ」
「どうしてです? どうして沖田艦長は彼を贔屓するんですか!」
「別に贔屓はしてないと思うがな。あれはむしろ……」
真田はそこで妙な顔して黙り込んだ。森はさらに続けて言った。
「どうしてあの古代一尉がこの船の航空隊長なんですか」
「それは言えん。とにかくそう決まったんだ。君にはそれでやってもらう」
「そんな。答になってません」
「とにかく、わたしからは言えん。艦長に直接聞きたまえ」
睨み合いのようになった。そこで新見が言った。
「あの、あたしからひとつよろしいですか」
「なんだ」「何よ」
怖い眼のままふたり同時に新見を向いた。新見は凍りつきそうになった。
「いえ、あの、そういうことでしたら、ひとつ考えがあるんですが……」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之