敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
罠
〈ゆきかぜ〉……兄貴の船……そしてそこに生存者が? 古代はなんとか乱れる思考をまとめようとした。しかしできない。できるわけがない。あの凍った船の中にいま兄貴が? しかしそんな――。
と、赤外線スキャナーが何かを捉えた。〈ゆきかぜ〉の艦内でエネルギーが高まりつつある。と言うことは――。
やはり人が? そう思ったときだった。相原の声が耳に聞こえた。
『〈アルファー・ワン〉! そこを離れろ! 繰り返す、すぐそこを離れろ!』
「え?」
と言った。そのときに見えた。〈ゆきかぜ〉艦橋の脇にある対空ビーム砲台が動くのを。それが狙うのは――。
この〈ゼロ〉だ! 咄嗟(とっさ)に操縦桿をひねった。機体がロール。一瞬前にいた場所をビームが切り裂いた。タイタンのもやを照らして強烈に明るく見える。
さらにビームが次々と、〈ゼロ〉を追って放たれる。古代は機をひるがえして逃げた。低空へ。砂の丘がある。その向こうへ隠れてしまえばもう狙えはしないはずだ。
そして、このタイタンの大気……濃いもやのため、ビームの威力は地球の空などより早く減衰してしまうはずだ。この星ではビームの射程はかなり短い。だからちょっと離れてしまえば――。
と、思ったらレーダーがミサイル警報を鳴らしてきた。「ぎゃっ!」と叫んで急いで機を上昇させる。
〈ゼロ〉をめがけて飛んできたミサイルが砂地に落ちて爆発した。振り返って見る。〈ゆきかぜ〉のイボイボとしたミサイル発射口の蓋が次々に口を開けていくのが見えた。
まさか、あれ、全部でおれを狙う気か? いや、そんなバカなと思った。あれは対空ミサイルではないはずだ。そもそもミサイル艦というのは対地か対艦攻撃用に造られているはずのもので、それが動いているというのはつまり――。
思った。目標は〈ヤマト〉か! 次の瞬間、〈ゆきかぜ〉が強い光に包まれた。そして煙。無数の光がタイタンのオレンジ色に霞む空を突き抜け上に昇っていく。白い煙の尾を引いて――。何十基というミサイルが、はるか高くの宇宙にいる〈ヤマト〉めがけて発射されたのだった。
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之