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天狗風

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 虫の音が聞こえる。
 正十字学園、高等部男子寮の屋上は、上着がないと少し肌寒いくらいだ。夜空には上限の月がぽっかりと浮かんで、すっかり明かりの落ちた正十字学園町の町並みに煌々と光を降り注ぐ。その表面を、薄い千切れ雲が時折横切った。
 京都とは比べ物にならないが、それでも月の光の範囲を逃れたところに、星がぽつりぽつりと見える。
 ジャージにカーディガンを羽織った勝呂竜士は、手すりに凭れてそんな眺めを見るともなしにぼんやりとしていた。
「寒うないですか」
 志摩廉造が後ろから勝呂を抱く。夜風に晒されて少し冷えた身体に、廉造の体の熱が伝わってくるような気がした。
「なんや、起きとったんか」
 肩越しに振り返ると、自分よりほんの少し背の低い廉造が、顎を肩に乗せて目を瞑っていた。ほんの少し唇を突き出している。意図が見え見えだ。おかしくなって額を軽く叩いた。
「なにしてん」
「おっしいわぁ、もうちょっとでチュー出来たのに」
「アホ」
 軽口に思わず笑う。廉造も笑い声を上げた。
「眠られへんのですか」
 勝呂から離れて、すぐ隣で同じように手すりに凭れた廉造が、素っ気無い口調で尋ねる。
「いや」
 言下に否定して、勝呂は口ごもった。これも彼なりの気遣いだろう。何となくそれに乗ってもいいか、と思う。
「……そう、やな。落ち着かれへん」
 ここにこんな夜遅くに来たのは、自分ひとりの反省会。そんなような感じだ。
「坊《ぼん》のせいやありませんよ。っても、気にしはるでしょうけどね」
 廉造がほんの少しからかうような雰囲気を滲ませる。
 実戦任務に呼び出された。攫われた子供を救出し、悪魔を滅する。候補生《エクスワイア》である自分たちは、補佐として悪魔を追い込む役目を与えられた。追い詰められた悪魔は、後生大事に抱えていた子供を放り出した。男の子だった。彼を見つけたのは勝呂だ。怯えて、瘴気に侵されたその子を救おうとした。引き寄せられた下級悪魔たちが、彼と少年の間を浮遊して視界を塞ぐ。煩かった。必死に祓い、子供へ手を伸ばしたその目の前で、放り出したはずの悪魔にもう一度掻っ攫って行かれた。最終的に任務は成功したし、子供も多少症状が重いが事なきを得た。だが、勝呂的には成功とは言いがたい結果だった。
 候補生だったから。
 それは言い訳だ。
 もう少し上手く出来なかったのか。そうすれば、あの子供だってもう少し症状の軽いうちに救えただろう。精神的な苦痛ももう少し軽かったかもしれない。
 今の自分には、力が足りない、知識が足りない。経験が足りない。
 判っている。失敗は失敗。忘れてしまうのではないが、今ここで足りなかった、出来なかったことを悔いていても仕方ない。繰り返さないためには、勉強をして、もっと経験を積んで行かなくては。
 うし、と気合を入れた。
 廉造がそんな自分を見て笑う。
「変態やなぁ」
「やかまし」
「そーゆーマジメなとこも好きですけど。あんま自分責めんといてくださいよ」
 廉造がくるりと振り返って、手すりに背中で寄りかかる。
「そいで、弱音吐きたなったときは俺の前で言うてください。他の人らじゃイヤです」
 ふいに真面目になって勝呂の目を覗き込んだままそう言うと、優しく頬に触れる。返事をする前に、キスをしてきた。触れるだけの軽いキスだ。廉造が唇に、頬に、顎に柔らかく、労るように口付けを降らせる。それだけで、廉造が自分をひどく心配しているのを、そして自分に向ける気持ちがどれだけ大きいのかが判るような気がした。
 廉造は時にこういう不可解な態度を取る時がある。急に真剣な顔をして、そんな所まで見ていたのか、と驚くような鋭い所を突いてきたりする。
 ホンマ、マジメなんとおちゃらけるんと、どっちも本気やから手に負えん。
 兄たちである、柔造も金造もそうだから、もうこれは父親である八百造から継いでるのだろう。蠎《ウワバミ》もカリカリしとったやろうな……。
 父である達磨と、彼を支えて来た志摩と宝生の長たちの若かりし頃を想像して、おかしくなる。今の自分たちと変わらなそうだ。
 最後に少しだけ唇に長めに触れて、温もりがそっと離れた。
「なしたんです?」
「何でもあれへん」
「笑うてるやないですか」
 ちゃっかりと勝呂の腰を引き寄せる。オイ、コラ。なんやけしからんことになっとるやないか。
「坊《ぼん》……」
 廉造が首筋に顔を埋めた。熱い吐息が鎖骨に落ちる。その熱さで背骨が震えるようだった。ほんの少し迷ってから、身体を一層引き寄せるように廉造の腕を掴んだ。
 不思議なもんやな。兄弟みたいに育って、明陀の皆が家族で兄弟で、大事な人たちなんは少しも変われへんのに。何時からお前だけが特別になったのやろ。
 今では、傍に居ないことを想像することの方が難しい。こんなことに溺れている場合ではないのに。それでもほんの束の間、人目を忍んで身体と気持ちを繋ぐことが出来る今の方が楽しかった。
 頭でごちゃごちゃと考えている間にも自分の身体の方が、彼の意図するところに応えてやっても吝かではない、そんな状態になる。だが、何せ場所と時が悪い。こんな肌寒い所ではいやだし、屋外でなんて以ての外だ。それにいい加減睡眠をとらなくては、明日に響く。
 拒否の言葉を口にしようとしたその時、廉造が首筋に噛み付くように吸い付いた。刺激と期待とほんの僅かな躊躇に身体が震える。だが廉造はそのままつい、と身体を離した。置いていかれたような気がした。
「惜しいけど、辞めときましょか」
 優しい、けれども何を考えているのか読めない笑顔で、軽く口付けてすいと離れていく。
「部屋、帰りましょう」
 屋内へ通じる扉を開いて、廉造が声を掛ける。
 またあの顔や。何ぞ妙なこと考えとるのと違うやろな。


「もうあかん。俺、往生してまう……」
 廉造が青い顔をして錫杖に寄りかかりながら、ぼそりと洩らす。
「山に虫がおるなんて当たり前やないの。シャキッとしてや、志摩さん」
 三輪子猫丸がコンパスを手に地図と睨めっこしながら、廉造の甘えを切り捨てる。
「ホント、お前虫ダメな」
 奥村燐が呆れたように笑った。杜山しえみが廉造のベストに止まっていた天道虫《テントウムシ》を取ると、指の上でもぞもぞと飛ぼうかどうしようかと迷う様を嬉しそうにじっと見ている。隊長の霧隠シュラと自分たちを率いている奥村雪男は、本隊の祓魔師たちと打ち合わせだ。
 お前ら、任務やぞ……。このお気楽さはなんやねん。
「坊《ぼん》、今僕らこの辺りやと思います」
 子猫丸は地図の一点を指差す。某県にある山の山腹。数十年前までは修験道の回峰修行も行われていた山で、麓に寺がある。山頂までは幾つか僧坊が建てられて、全体が修行の場だった。が、いつからか放棄された。その僧坊を中心に悪魔が出没するようになったとの報告が相次ぎ、今回の祓魔隊が派遣された。
 候補生の彼らは、聖銀弾を使用するライフルを持たされている。班ごとに分かれて、祓魔師たちの援護を行うべし、と指示が出た。今は出発の合図を待っている所だ。
「奥村はまた突っ込んで行くやろ」
「さすが、判ってんな!」
 燐が満面の笑みで親指を立てる。
作品名:天狗風 作家名:せんり