天狗風
「アホ! 行ったらアカンのや! 作戦くらい守れんのか」
「そうえ、奥村君。何でもかんでもその刀で切ればエエのと違うよ」
子猫丸と勝呂に言われて、燐は不満そうに口を尖らせた。
「今アンタに出来ることったら、その刀振り回すか、燃やすか、ヘタな説得くらいでしょ」
神木出雲が弾倉へ聖銀弾を込めながら言う。天道虫は飛んでいってしまったのだろう、その隣でしえみも弾倉への装弾を手伝っている。銀で作られた銃弾を金属性の弾倉にぐっと押し込む。燐は痛いところを突かれて黙り込んだ。
「伝家の宝刀も、葵のご紋も最後までとっとくもんやろ。いざ言う時まで、とっとき」
「水戸黄門かよ。大体あんなん、最初に印籠出しちまえばすぐに終わりじゃねーか。誰も傷つかねーし、死なねーし」
俺だって同じだ、と主張する燐の言葉に、廉造が腹を抱えて笑った。
「国民的人気ご長寿番組の基本コンセプト、台無しやで? それ」
「最初から偉い人だって判ってたら、悪事を隠蔽して終わりだろ」
打ち合わせから戻ってきた雪男が、解決しないじゃないか、と呆れたように溜め息を吐きながらツッコミを入れる。若センセもそこ乗ったらアカンのと違いますか。そんな気の抜けたようなバカなやり取りも嫌いではないが。
「打ち合わせ終わらはったんですか」
「ええ」
雪男が勝呂の質問に答える。祓魔師のコートの上から、膝まで下がる大きな道具入れがついたベルトを締めている。腰の後ろには祓魔用の拳銃が二丁。彼は同い年でありながら、既に祓魔師であった。しかも、取得した称号《マイスター》以外の知識も豊富だ。若干の嫉妬と共に、憧れて目標にするには申し分のない存在だった。早くそこまで辿り着きたい。
「ヘイ、お前ら注目!」
塾の講師でもあるシュラが、睥睨するように候補生たちの前で仁王立ちになる。
「斥候部隊から報告があった。新しい悪魔が出た。追加の斥候部隊を送って確認中だ。全員状況が判るまで待機。弁当手配してるから、配ったらお前らも食って休んどけ。それから燐、ちょっと来い」
おー、と答えた少年は勢い良く立ち上がると、シュラの後をブラブラと着いて行く。肩に掛けた刀袋の中で、かたかた、と刀が音を立てた。雪男がその後を追いかけていく。
「奥村君、どないしたんやろ?」
「気配でも探らせるのやろ」
廉造の疑問に答える。ああ、そうか、と暢気に答える廉造の顔は、普段どおりだ。つい先日見せたような、考えを読ませないような顔ではない。何を考えて、あんな顔をしていたのだろう。
「志摩、お前……」
何腹に溜めこんどるんや。こんな人前では、けして本音を言わないだろう。そんなことは判っている。だが、今伝えたいのはそう言うことではない。それを知っているぞ、と知らせることだ。ついでに、誤魔化されないぞ、と言う警告でもある。
だが、それは果たされなかった。言い終わる前に、別の学年の候補生が弁当の到着を知らせたからだ。
仕方あれへんな。
勝呂は思い切るように、溜め息を吐いた。こんな任務で集中しておかねばならないときに、廉造を動揺させても良くない。今言っても、自分がすっきりするだけだ。
「坊、メシ、貰いに行きましょ」
「配るのが先やろ、志摩さん」
「そんな、腹減ったわぁ」
「ぴぃぴぃうるさいのよ。ヒヨコじゃあるまいし」
わいわいと騒ぎながら前を歩く姿を、胡散臭げに睨みつけた。
「勝呂君、どうしたの? 頭でも痛いの?」
しえみが心配そうに覗き込んでくる。
「眉間にしわが寄ってるよ? ニーちゃんに薬草出してもらおうか?」
「イヤ、大丈夫や」
「そう?」
心配する少女に、笑って前方を指差した。
「志摩がじゃらじゃらしとるんが、かなんわ。ずっと虫でもつけて大人しうさせとかな」
きっと気絶しちゃうよ、としえみがくすくすと笑った。
その時、前方で大きな声がした。夕暮れの近付いた日差しが一瞬翳る。頭の後ろから、ごぅ、と轟音がしたかと思うと、突風に身体が煽られた。転びそうになるしえみを支えようとするが、自分もよろめいてしまう。むわりと獣じみた匂いが吹き付けてくる。なんとか踏ん張りながら、大きな影が自分の脇を通り過ぎていくのを目の端に止めた。なんだ、と思う間もなく、巨体が視界を塞ぐ。一瞬ワケが判らなかった。悲鳴、怒鳴り声。なんだって?
――危ない!
――悪魔だ! 皆伏せて!
――志摩、危ねぇっ!
廉造の驚いた声、そして銃声。
影が一声、甲高い鳴き声を上げると、勢いもそのまま上空へ飛び上がった。一瞬遅れて突風が真上から叩きつけてくる。その強さに身体がぐらついた。風が地面を叩いて土ぼこりを巻き上げた。目を腕で庇う。そして、ようやく眼を開けて見ると、呆然と佇む仲間たちの間に、廉造の姿だけがなかった。
「志摩ァッ!」
影が飛び去った方向を探しながら、怒鳴る。山頂へ向かう方向の夕焼け空に、黒い点がぽつんと浮かんでいた。その点はすぐに木立に遮られて、見えなくなった。