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天狗風

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 子猫丸から離れると、近くにあった木の幹を思わず殴りつけた。悔しかった。こんなに取り乱してしまう自分が情けなかった。
「勝呂君。皆一刻も早く助けに行きたいと思っています。本隊の方も今必死に作戦を立ててますから、もう少し待ってください」
 雪男が気遣うように声を掛けてくる。
「あんま思いつめんなって。あの棒も持ってるんだしさ。ただでやられたりしねーよ」
 燐が励ますように、肩をどやした。
「……アホ、あれは棒やのうて、錫杖や」
 半畳を返して、気持ちがふと楽になったのがわかる。同時に、頭に上っていた血が少し下がったようだ。
 そうだ。自分には力が足りない、経験が足りない。それでも、自分に出来る精一杯をやらなくては。それにはまず、冷静にならなければならない。自分から力を奪っていく、不安や、心配な気持ちを捻じ伏せる。絶対助けたる。
「あいつ、いつもふざけてるけどさ。やる時はやるヤツだろ?」
 勝呂はにやりと燐に笑い返した。
「当たり前や。アイツは明陀の男やぞ」


「烏天狗……」
 うえぇぇっ! マジで!?
 思わずうろたえた声を上げた廉造は、まだ夢を見ているのではないか、と頬を抓ろうとして、イヤにそこが熱を持っていることに気付く。目の前に居た子供くらいの大きさの烏天狗が、興味津々に廉造を見ている。きっと彼のくちばしで抓られたのだろう。
 周りを見渡すと、ほの暗い洞窟に居るのが判った。澱んだ空気に、獣臭い匂いが混ざって、むうとしている。
「ちょ、ここドコなん。うわ、虫いそうやぁ、堪忍してぇな」
 苦手なものの存在を思い出して、辺りを見渡す。洞窟の岩肌は表面はからりとしている。だが、ごつごつした岩の奥はじっとりと凝った闇と湿気があるような気がする。
「アカンて、絶対おる……」
 見ても居ないのに、早くも気配を察知したのか、悪寒が足元から這い上がってくるようだった。
 ――オマエ、修行キタノカ。
 幼い声が聞こえた。ドコから聞こえたのだろう、と辺りを見回す。だが、廉造を覗き込んでいた子供のような烏天狗しか近くには居ないようだ。
「え……、今自分喋ったん?」
 ――オマエ、修行キタノカ。
 かつり、と岩肌を堅いものが叩く。見れば、烏天狗の足の鉤爪が音を立てているのだった。かつり、かつり、と音を立てて鳥のようでありながら、山伏のように二足歩行をする悪魔が近付いてくる。羽がばさりと広がって、一、二度振るうとまた背中に納まった。
「あ、あの、ちょぉ待ってや……」
 廉造はじりじりと後ずさりながら、ぐるぐると考える。あれ? 俺の人生ここでバッドエンド? さっき見た、坊とラブラブ生活は、俺の妄想やったん?
 一瞬さっき見た勝呂の怒ったような顔をしながら、真っ赤になって恥らう顔を思い出す。そんな余裕のある状態ではないはずなのに、ずきんと腰の奥が熱くなる。
 エエ妄想したなぁ、俺グッジョブや。
 せやけど、ここで往生したら、そんな顔も拝まれへん。
「あー、めんどい。ホンマ、あんな可愛《かい》らし顔しはんの、反則やで。この目で拝むまでは往生でけへん」
 はぁ、と大げさに溜め息を吐いて、廉造はするりとシャツの下に吊るしたケースから錫杖を取り出す。三節に分かれたそれを、螺子を切った繋ぎ目で捻って繋げる。しゃらん、と環が鳴った。
 ――修行、修行。
 ぴょん、と嬉しそうに飛び上がった烏天狗が、何処に持っていたのか、すらりと刀を抜いて襲い掛かってきた。
「うわっ!」
 がつん、と錫杖で受けた刀の勢いは、大人のそれ以上の重みがあった。必死で押し返した。笑い声のような鳴き声を上げて、人と猛禽が混ざった姿の悪魔が、刀を振るってくる。廉造はとにかく切られないように、時に避け、時に錫杖で受けるしかなかった。それでも勢いに押されてどんどんと壁際に追い込まれていく。
 ――修行、修行。
「修行、てなんやねん」
 荒い息を吐きながら、廉造が意地になって返す。
 ――オマエ弱イ。オマエ逃ゲテル。
 振り下ろされる刀をギリギリで避ける。刃が肩を掠った。
「なに言って……」
 俺はカッコ良くて、強くて有名な男やで、と冗談交じりに返したが、廉造を見返してきた黒々とした眼差しに射すくめられた。嘘だと判っている、と見抜かれたような気がした。
 ――逃ゲテル。逃ゲレバ、何処マデモ逃ゲ続ケルコトニナルゾ。
 脳天から真っ二つにしようとする刃を、錫杖で受ける。もう何度目だろうか。金属に金属が当たる音が、耳を刺すようで痛かった。
 ――何もかも俺には重過ぎる。明陀も血も恩も、全て消えろ!!
 兄や父の言葉に反発を覚えた気持ちが甦る。その頃には既に勝呂への自分の気持ちに気がついていた。最初は、明陀の座主血統の子、勝呂の傍に居られるなら良いと単純に思っていた。だが、自分の気持ちも将来も、全てが決められたレールの上を走らされるようだと思ったら、堪らなかった。そう思ったのは、勝呂を手に入れたい、そう願っている自分の欲望に気付いたからだ。気持ちも身体も。全て自分のものにしたかった。
 明陀だから。座主を支えてきた家の生まれだから。そうじゃない。
 傍に居るのが当たり前だから。そんな存在に終わりたくなかった。勝呂竜士と言う男に、志摩廉造という一人の男の全てを欲して欲しかった。身体も気持ちも全て。人生や命でさえも。
 一度は京都で割り切ったはずだった。不浄王の瘴気で全部無くなったら、自分は自由になれる。そう思っていた。だが、長年の友人や、親兄弟、全ていなくなると思ったら、捨てたいと思っていた気持ちが揺らいだ。勝呂の命すら危ない、そう思っただけで、足が勝手に止まった。
 ――自分ノ気持チヲ、認メロ。
 からかっているのか、烏天狗が嬲るように際どい攻撃を仕掛けてくる。薄くあちこちの肌が裂けて、血が流れる。鋭い痛みが走った。
 ――お前が明陀におれへんようになるなんて、認めん。
 自分を受け入れてくれた時の、勝呂の言葉を思い出す。
 自分の全てをくれてやるから、お前も全てを差し出せ、とそう言った。勝呂が自分の気持ちに応えてくれるなら、何を差し出しても良いと思った。
 だが、どうだ。今は身体を繋ぐ関係に居て、勝呂も愛しいという気持ちを、彼に出来る最大限で自分に注いでくれる。
 ――だが、ムリを強いているのではないか?
 不安に苛まれた。自分に応えてくれる、気持ちも身体も嬉しかった。だけれども、自分の存在が勝呂を縛り付けて、不自由を強いているのだとしたら?
 本当はずっと、ずっと一緒に居たい。何年先のことか知らないが、さっきの妄想のようにいつも、いつまでも。だが、そう願う自分が彼の重荷になっているとしたら。
 怖い。恐ろしい。
 愛おしい。一度こうと決めたら絶対に揺るがない、頑固なまでのストイックさ。仲間と認めたら気遣い、面倒を見ないではいられない、その優しさ。仲間も、事情も、自分の望みも全てを抱えて、進んでいく気持ちの強さ。廉造は彼のその全てが好きだ。だが、その気持ちと同時に、大事であるが故に逆に相手を欲して、自分だけのものにしたくて、結果相手を傷つけてしまう。そんなことしたくないのに。
 だからと言って、手放す勇気もなかった。
 とんだワガママや。
作品名:天狗風 作家名:せんり