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天狗風

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「よぉし、では出発!」
 隊長の合図に、おおっ! と鬨の声が地面を揺るがすように上がった。
 勝呂は息を吐いて、気合を入れる。
 絶対に助けたる。待ってろ。
「行くぞ」
 ぞろぞろ隊員たちの移動が始まる。祓魔師と候補生たちを五つの隊に分けた。斥候隊が烏天狗の巣の位置を知らせてきたところ、頂上近くの崖にある洞窟らしい。祓魔隊はその洞窟を包囲して、攫われた候補生の救出と祓魔を行う作戦になった。勝呂が割り振られたのは、少し遠回りして上方から巣に接近する隊だった。
 拠点から踏み込んだ木立の中は、もう薄暗かった。暫くしたら懐中電灯が必要だろう。
「烏天狗がまだ生き残っていたとはな」
 同じ隊の祓魔師が洩らす。中年くらいの男性で、手騎士《テイマー》の称号《マイスター》を持っている。相当若い頃から正十字騎士團に所属しており、経験数はかなりのものらしい。一見した感じは、気のいいおっちゃん、と言う感じの人だった。
「絶滅したんですか」
 あまり話したい気分ではなかった。だが、黙り込んでいてもどうにもならない。気を紛らわせようと尋ねた。
「いや。正確にはそう思い込んでいた、と言うところかな。随分長い間、姿を見たり被害を受けたりと言う報告がされなかったからね」
 彼によれば、明治も終わりかけの頃、某県から團に依頼があり大規模な掃討任務が行われたらしい。それ以降何十年も烏天狗の目撃や出現情報が寄せられたことはなかった。
 大人しくしていたものが、何かのきっかけで目覚めてしまったのではないか、と隊長たちは考えているらしい。
 原因が何であれ、廉造を助け出す。
「助けたいのは俺たちも一緒だよ」
 勝呂が思いつめた顔をしていたせいか、隣を歩いていた祓魔師が肩を叩いた。
「俺たちはこの後洞窟を迂回して、その上に出る。朝まで休憩、日の出と共に岩場を降下。洞窟に突入するからな。気合入れていけよ」
 気合を入れるように、勝呂は頷いた。
 薄暗くなった山肌を登っていく。乱れた自分の呼吸が耳に煩かった。峰を越えて急な斜面を登る。沢を渡り、岩だらけの道なき道を辿った。黒い木立に覆われて、空が見えない。辺りを見回しても、頂上付近にあると言う洞窟が見えなかった。
 その後、三十分ずつの休憩を二回挟んで山を登った。途中の峰で木立が途切れ、廉造が捕らわれているはずの山を見ることが出来た。既に闇に沈んで真っ暗な影が聳えるだけだった。その頃には、疲労もあってか、焦った気持ちも随分と落ち着いてきた。もちろん、気持ちは今すぐにも廉造のところへ行きたい。
 自分に羽があれば。益体のないことも思った。ふるふると頭を振って、役にも立たない考えを追い出す。自分を卑下するんやない。冷静に、今の状況を考えろ。これがベストな作戦や。確実にお前を助け出せる作戦なんや。だから、お前も堪えろ。
 勝呂は自分に言い聞かせるように唱えながら、真っ暗な山肌を睨み付けた。
 丑三つ時に、洞窟を迂回してようやっと真上に到着する。候補生に関わらず、全員で魔除けの魔法円を書き、明け方の襲撃に備えて軽い食事と休憩を取る。出発直前の見張りになった勝呂は、装備から薄い断熱シートを取り出すと、地面に横になった。もうここまで来たら、グチグチと考えていても仕方がなかった。瞑想の要領で静かに、深く呼吸を繰り返しながら、何度も大丈夫だと繰り返す自分と、それを押しのけようと不安事項を並べたてる気持ちを空っぽにしようとした。そうこうする内に、疲労による睡魔が自分の余計な思考を塗りつぶし始める。
 志摩、絶対助けたる。
 夢うつつに、脳裏に浮かんだ顔に呟いて、睡魔に引き込まれていった。


「志摩」
 幼い声だ。勝呂の子供の頃の声。
「坊! どないしたんです?」
 あ、胡瓜食べはりますか? 小さな自分が答える声がした。
「また畑からかっぱらったんか」
 呆れたような口調だが面白がって笑ったその顔に、心臓が一つ跳ね上がったかと思うと、きゅうと掴み上げられたように苦しくなった。
 この頃から、坊のこと好きやったんと違うか? 俺、とんだエロ魔神やで。女の子が、とかエロ雑誌が、とか危ない発言を繰り返した裏側に、既にこんな気持ちを抱えていたらしい。おまけに坊が笑ったりするのも大好きだったが、真っ赤な顔をする方が妙に嬉しかったし、興奮した覚えがある。
 ホンマ、俺変態や。
「おおきに」
 そう言って自分が差し出した胡瓜を幼い勝呂が口に運ぶ。噛み切ろうと咥えた口元が、子供らしいあどけない顔のはずなのに、妙に艶めいて見える。腰の奥に疼きが走った。
 ヤバイて。マジで。
 なんでもソッチ[#「ソッチ」に傍点]方面に結び付けてしまうのは思春期やけど、俺子供やん! 幾らなんでも早すぎるやろ。
 そう思った瞬間に、ふわりと意識が少し斜め上に抜け出たような、妙に現実から遠ざかったような感覚を覚える。心と体が分離してしまったような、不安定な感じだ。
 あ、そうか。今の俺の目線で見てるんや。子供の自分は勝呂に笑いかけている。なんだったか。そうだ、クラスの女子が勝呂に告白したのだ。それをからかっていたと思う。
「好きや。マジですよ、オレ」
 聞こえるわけない、と思って呟く。
「オレもや」
 勝呂が少し視線を上げて、廉造と目を合わせた。ほんの少し赤くなっている。見えているはずはないのに。いや、俺の夢と違ったんか?
 ふわりと勝呂が浮かび上がって近付いてくる。距離が縮むごとに幼い彼が、今の彼に徐々に成長する。高校生の勝呂が至近距離にまで近付いて、どきりと胸が鳴る。何時に無く真剣な顔つきだ。真っ直ぐ自分を見つめてくる。
 アンタはなんで……。
 視線で自分の胸の中を抉られるようだ。苦しい。痛い。
 なんで、そないに真っ直ぐなんや。自信持っとって、なににも侵されない。どうして強くいられるんや?
 俺は……。俺は不安なんや。
 アンタの傍に居ると、不安になる。憧れて、好きになって。誰よりも傍に居たくて、自分だけを見てほしくて。そして堪らなくなって、半ば騙すようにして体を繋いだ。結局はアンタはそれすらも受け入れてくれた。
 でも、本当は仕方なく受け入れてくれたのと違うか? 俺のこと、家の関係もあって切られへんから、仕方なく傍に居させてくれとるだけなんと違う?
 普段はこんな思いは抱かない。だけれど、時々。思い出したように、突然この考えに囚われてそこから抜け出せなくなる。
 勝呂が背けた廉造の顔をぐりん、と正面に向かせる。ぐき、と首が少し鳴った。
 ――お前は俺のもんや。
 ああ、俺の気持ちに応えてくれた時のままの顔。少し怒ったような、それでも顔を真っ赤にして。俺を睨みつけるみたいに真正面から見て、応えてくれた。
 いつからそれを信じきれんようになってしまったのやろ。
 すう、と勝呂が色を失って透明になっていく。
「坊?」
 すい、と顔を近づけて勝呂が柔らかく口付けて、耳元に小声で囁いた。
「え、なに?」
 戸惑う内に勝呂が空気に溶けて消えた。
「坊……」
 体を抱こうと伸ばした手が空を抱えて力なく離れる。口付けの感触も淡く消えていく。だが、囁き声だけが耳に残った。
 ――帰って来い。


作品名:天狗風 作家名:せんり