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天狗風

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 は、と勝呂は目を覚ます。変な夢を見た。
「なんや、今の……」
 ごそ、と体を起こした。
「起きたか? そろそろ交代だ」
「判りました」
 見張りに起きていた祓魔師が声を掛けてきた。
 身支度を整えて見張りを交代した勝呂は、意識を半分さっき見た夢のことに回す。小さい自分と廉造を見つめる、今の廉造。半透明で宙に浮いていた。頓狂なことをしでかす奴だとは思っていたが、あんな器用なことをするとは。
 そこまで思って、夢だった、と思い直す。夢なら何でもアリだろう。なのに。
 ――なんで、あない苦しそうな顔すんねや。
 自分たちは『そう言う』関係ではないのか。なら、何かあるなら話してくれればいい。そう言うことを抜きにしても、勝呂は廉造のことを買っている。ちゃらちゃら、いい加減ではあるが、実力があるのは知っている。自分には秘密にしているようだが、そんなのバレバレだともう教えてやらなければならないか。
 いや、そうじゃない。
 ――怒ってんねんぞ。
 俺に黙って悩んでいるなんて。自分だからこそ言いにくいのかも知れない。だが、そう言うことも言い合って、互いを受け止めていくのが、その……、こ、恋び……、くそぅ、自分で考えるだけでも恥ずかしいわ、ボケ。まぁ、いい。そう言う関係じゃないのか。
「あほぅが……」
 ぼそりと呟く。憎々しげに。当たり前だ、俺は怒っているのだ。
 ――あほぅが。
 もう一度心の中で呟く。伝わっただろうか。俺たちのところへ帰って来い――、違う。俺のところへ、だ。
 しらじらと夜が明けてくる。空が夜の濃紺から徐々に紫色に明けていく。見ているとゆっくりゆっくり遠くの山の端が赤くなり、空気が橙、薄い青へと色を変える。と、同時に徐々に顔をのぞかせてくる太陽が眩しい。
 ごそごそと他の祓魔師たちが起きてくる。いよいよ救出作戦の決行だ。他の隊も洞穴の下の方で同じように待機しているだろう。
 配られた携行食糧をぼりん、と齧り、水で流し込む。正十字学園の誇る、味気なくも水で膨れて腹持ちがよく、各種栄養バランスに配慮し、持ち運びも軽いという便利なものだ。
 仮眠の魔法円内に整列した祓魔師たちが、静かに決意を漲らせる。小さく腕のデジタルがピ、と音を立てた。時間だ。
 ざ、とブーツが地面を噛む。
 覚えてろよ、志摩。

 洞窟の入り口を取り囲むように、祓魔師たちが配置につく。
 勝呂たちは上から綱伝いに降りてきて、入り口の上に庇のように張り出した岩の上に待機している。隊長が無言で腕を振った。
 と、と足で岩場を蹴り、後ろ向きに空へ身を投げ出す。そのまま落下するに任せてロープを逃がしながら、するすると入り口まで降りてくる。むわりと奥から獣の臭いが漂ってきた。
 入り口に向けてライフルを構える。祓魔用に特別に調整された物だ。左手で持たされた聖水を取り出し、構える。缶の上部を押すと、四方八方に聖水が噴き出す仕掛けだ。一緒に降りてきた隊長が入り口を指すように手を振るのに合わせて、祓魔師たちが缶を投げる。ブシュ、と音を立てて聖水を振りまきながら、缶が真っ暗な洞窟へ消えていった。
 暫く待ってから、隊長がもう一度手を振る。
 今度は突撃の合図だ。とん、と岩肌を蹴って、入り口を目指してぶぅん、とロープが振られる。振り子のように揺れた身体が少し前方へ放り出されそうになった辺りで、体を支えていたロープから金具を外し、そのままの勢いに任せて洞窟の奥へ飛び込んでいく。着地の衝撃を膝で逃がしながら、ライフルを構えた。ぼんやりと洞窟の奥に朝日が届く。だが、それではまだ暗い。高輝度のケミカルライトを折って次々と洞窟の奥へ放り込む。一般的に売られている商品は数分しかもたないのだが、正十字騎士團が独自に改良して長時間発光し続けるようになっている。開発部は祓魔に必要だと思えば、なんでも作り出してくる。その熱意と言うか、執着と言うか、勢いと言うか……、ともかく彼らの仕事にはある意味尊敬に値する。そんな彼らの技術の粋を凝らした結果が奥までてんてんと続いて、オレンジ色の光が洞窟内部をある程度の明るさで一定に照らし出す。全体的な照明が逃してしまう細部を照らすために、ヘッドライトを点け、ライフルに装備したライトも灯して更に奥へ踏み込んでいく。ちらちらと光の筋が橙色に染まった高い天井を舐めた。
「凄い匂いだな」
 祓魔師の一人が耐えかねたように呟いた。確かに洞窟の中は獣の匂いに、ホコリとカビ、そしてなにか得体の知れないものが饐えた臭いがした。聖水が撒き散らされて更に湿った臭いが混ざって気を許すと咳き込みそうだ。
「静かですね」
 勝呂が物陰になったようなところへライトごと銃を構える。後ろから岩を踏む靴音と衣擦れの音がする。他の隊が洞窟に入ってきたのだろう。他の隊員が天井を照らし、勝呂とは反対の方向へもライトを向けた。むっとするような臭いは奥へ進むほどに濃くなって行く気がした。
「ここは奥が深そうだな」
 少し進むごとに聖水を投げ、灯りを投げる。力を持つ悪魔に群がる下級悪魔を散らせるとは言え、こんなに悪魔が一杯居るのではいざ烏天狗が近くまで来ていても判らない。擬金糸雀《カナリアモドキ》でも連れてきた方が良かったかもしれない。天井が数メートルもあるほどに高く、一体どうやってこんな大規模な洞窟が出来たのか不思議だ。こんな広大な場所に長年悪魔が潜んでいたとすれば、それに惹かれて集まってきた悪魔も多いだろう。こんな聖水ごときではたいした効果はないに違いない。
 そして、肝心の廉造は何処にいるのか。道は何処までも続くようで、分かれ道がこの後出てくるとしたら、そしてそれが今と同程度の長さがあるとすれば、隊は分断されて捜索も一層困難になるだろう。
 そう思った瞬間に、ぶお、と風を切る音がして黒い影が勝呂たちに襲い掛かってきた。同時に猛烈な勢いの風が吹き付けてくる。狭い洞窟の岩肌に風が当たって巻き返し、荒々しい乱気流となって立っていられないほどに身体を揺さぶる。
 即座に真言と印を結んで、防御壁を出す。他の隊員たちも防御を出したり、使い魔たちを呼んだらしい。風が自分たちの周りを取り巻いて去っていく。
「去レ」
 洞窟中に反響するほどの土間声が響く。見れば大きな烏天狗が宙に浮いて勝呂たちを見下ろしていた。背の高い勝呂の倍以上はある。腕など勝呂の胴回り以上に太い。
「な……、んやこれ……」
 その場にいた全員があんぐりと口を開けて烏天狗を見上げていた。黒く大きな翼を広げ、くちばしに黒い羽がびっしりと生えている。明かりを受けて出来た濃い陰影で余計に恐ろしげに見える。小さい頃にお山の天狗などと寝物語に聞いていた姿とはまるで違った。
「構え!」
 隊長が鋭く命令を出す。そうや、呆けとる場合やない。勝呂は気を取り直してライフルを構えた。
「詠唱騎士《アリア》、詠唱!」
 致死節が低く流れ出し、岩壁に反響して二重三重と声が響いて行く。悪魔ではない自分ですらもその声に絡め取られそうな気がした。致死節ではないものの、詠唱が煩かったのか山伏の格好が強烈な殺気を放ってくるのが判った。
「小賢シイ人間メ」
作品名:天狗風 作家名:せんり