ひた隠し歴ウン百年目の露見事故
俺とあいつとで、ぽつぽつと続いていた事があった。
正しく言えば、あいつに気付かれぬよう俺が続けていた事だ。
最初は、まぁただの成り行きだ。
いつぐらいかってんなら、俺とあいつ、それぞれ環境が大分様変わりした頃だな。俺は名前、あいつは生き方。双方共に改めて一からの出発がそこそこ経った頃。正確な日付は書庫の日記を見りゃわかるだろうが、生憎今は手元にないから確認出来ねぇ。
当時、世界地図に俺の名を広げるには目障りな奴が多く、いつかはそいつらをけちょんけちょんにするべく、自ら情報収集に乗り出したりしていたもんだ。んで、その目障りな奴らの一人の家に、あいつはいた。その家に赴いたついでに顔を見てはいたが、あれが起きたのは上司の供に付いてった時だ。
俺らが政治の場に立ち会う事は珍しくないが、選択と決断は人のものだ。話が込み入り席を外すよう指示された俺は、小言とけん制とお節介が混ざったぼっちゃん貴族の口撃から逃げて、あいつに会いに行った。
その時の俺は正装をばっちりと着こなしていて、あまりのかっこよさに見せびらかしたい気持ちがあった。しかしそれ以上に、窮屈な現状を改めて示されたような会談に少しくたびれてもいた。
甘酸っぱい木苺をつまみながら、昔なじみのあいつとくだらないやり取りすりゃ気分転換になるかと思った訳だが、突如、そのあいつに襲われた。おやつ代わりの木苺を掌にのっけていたのが災いして、反撃も逃走も出来ず、かっこよく整えた俺様の髪はあっという間にぐしゃぐしゃにされた。何をどうしてそうなったのか、俺にはこれっぽっちもわからなかった。
「数十分と見ない間に、随分な目に遭ったようだね」
記憶ってのはやっかいなもんで、ひとつ思い返すと連鎖的にいらん事まで出てきやがる。帰りの馬車で当時の上司が、どうにもならなくなった髪のままの俺に微苦笑を浮かべた記憶も再生される。
なんか変な事考えてやしませんか。違いますよ。と言った俺が簡単に経緯を述べれば、ますます上司はおかしくてたまらなくなったらしい。
「しかしまぁなんだね。昼日中でそんなに喜んでいるようでは、我が祖国殿はまだまだだ」
これは私ががんばって大きな国にしないと、とその日で一番朗らかになった上司に、俺はよせばいいのにつっかかった。喜ぶどころか被害者ですよこっちは。大体昼とか夜とか関係ないでしょうと。
「女性に髪を崩してもらうのは閨でこそだよ」
流石にその意味がわからない程子供ではなく、けれど上司の言うまだまだであった俺は、言葉にならない呻きを発した挙句に、やめてくださいよとだけ言って、窓向こうの流れる景色へ視線を逸らすしかなかった。
そん時の俺にこれらの出来事は刺激が強く、照れくささや恥ずかしさばかりの散々な一日となった。こんな原因を作ったあいつに次があったらやり返すと、それだけを考えながら俺は馬車に揺られていた。
そこからが始まりだ。
基本的にあいつからしかけてくる事が多く、特に俺が髪を固めているとその頻度が増す傾向にあった。それを理解した俺は、むしろ髪を整えたついでがあれば、あいつに挑むようになった。後顧の憂いを絶つ為に他の用事を片付けておくことも大事だ。
互いに剣を持ってどんぱちやらかした頃より大分平和的で、そこそこ緊迫したこの対峙は、きっと俺にもあいつにもいい息抜きになっていたんじゃないかと思う。……まあちっとばかり嫌な思い出もあるが。
あ、やめろやめだ、思い出すな俺様。寝入り端に撫でられてるからって連想するな。思い出すにしても他にあるだろう。寝入り端じゃなくて、あいつの撫で方がこんな風に穏やかだった時とかで。ああ、あったあった。あったぞ。あれはそう、寒い日だった。
作品名:ひた隠し歴ウン百年目の露見事故 作家名:on