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ひた隠し歴ウン百年目の露見事故

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 まだ入院中と聞いていたあいつが出てきているとの知らせに、俺は空を蓋する曇天に向かって睨めつけ制帽のつばを手荒に下した。

 会いに行くだろと顔に書いていた職場仲間から、二、三言付かった俺はしばらく無人だったある部屋へと向かう。扉をノックし、返事を待つ。どこか気のない「どうぞ」の後、俺は静かにノブを回した。
 頬に感じる気温の差異が思った以上に少ない。それもその筈で、久方ぶりに現れたこの部屋の主は、もう雪がちらつく時期にも関わらず、暖房も入れずにただ窓の外を見ていたからだ。俺は出かけた言葉を飲み込み口を引き結んで、あいつの出方を待った。
 机に積まれた書類の山の向こう、椅子に腰かけ窓の向こうを見やる女。自国の動乱の影響をくらい、痛みを抱え込んで入院していた女の頬は白い。心なしか痩せたようにも、一回り小さくなったようにも見える。ゆっくりと、まだ十二分には動けぬと如実に語る緩慢さで椅子を回し、体ごとあいつが俺を見据えた。
 どこか、遠い。
 それはこの距離の話でなく、ただの俺の感傷がもたらした印象だろうか。普段より幾分血の気の失せた頬と、力なく椅子に収まるあいつの体がまるで人形のようだ。
 ここを訪れる前に言われた用件を思い出し、伝える。作業時間が短かったか、人知れぬ重症の身に確認とサインの作業も堪えたか、書類ほんの数枚の、今日のあいつの成果が差し出される。机へと歩み寄る。と、それらを受け取った時、指先が触れた。
 冷たい。
 感じたまま言葉をつく。それの何がおかしかったのだろうか。あいつは静かに、かすかにだが、確かに笑んだ。
 たったそれだけで遠く感じたあの感傷が薄れる。ああもうこいつは。笑ってねーで暖房いれろ。
「今飲んでる薬、眠くなるのよ。あたたかいと余計、ね」
 本当ならお前はまだ病院で寝てるべきなんだ。体、休ませてやれ。
 つい口うるさくなった俺に何を思ったか、あいつは席を立ち、俺に手を伸ばしてきた。あ、くるなと思った時にはもう帽子はとられていて、肌寒さとあいつの手の冷たさの両方を俺はすぐに知った。
 寒いわ冷たいわセットした髪は崩されるわ、なによりその撫でまわす手の力がいつもより弱かったのが俺には堪えた。
 ひとしきり撫でまわして満足したのか、あいつが帽子を戻す。
 どこか精彩さを欠いたいつもと違う勝ち笑顔に、俺は、顔が帽子に隠れていてよかったと心底思ったのだ。