FATE×Dies Irae3話―8
「おら! どけどけどけええええええ!」
野太い雄叫びを上げながら、司狼は豪快にバイクを操り、異界と化した街並みを突っ走る。
一体どこから湧いて出たのか、闇に閉ざされた真昼の新都には、粗末な剣を手に手に携え、髑髏の戦士たちが司狼の行く手を阻まんとひしめいていた。
おびただしい数の敵、敵、敵。
すべてザコだ。取るに足りない。
何千何万たばになろうと、司狼の首には届かない。
そう――そんなことは、コレ(竜牙兵)をけしかけた張本人も分かっているはずだ。
つまり――
(目的は足止めか……!)
アクセルは緩めない。
フルスロットルのまま、襲いくる竜牙兵たちを蹴散らしていく。
拳銃が火を噴き、鎖が宙を舞い、車輪が地を駆け、鋼鉄の処女が押し寄せる白骨の騎士たちを抱きつぶす。
形成位階の大盤振る舞い。
出し惜しみはしない。
冬木市への『彼女』の来訪。
それと時を同じくして、彼女の滞在先近辺を覆った闇色の結界。
「偶然、なわけねえよな……!」
ゆえに急ぐ。
この結界に囚われているであろう少女のもとへ。
愛すべき、かけがえのない幼馴染(バカ)の愛娘のもとへ。
「舐めんじゃねえよ! この程度で俺様が止められると思ってやがんのか――!」
「――否。無論、毛の先ほども考えてはおらぬよ」
「!?」
玲瓏とした声が耳朶に届くよりも早く、司狼は首筋を撫でる鋭い殺気に反応していた。
視界の端を銀光が奔り抜ける。
バイクから身を投げ出すのがわずかでも遅れていれば、司狼の首は今頃胴と泣き別れていたことだろう。
アスファルトを削りながら、四つん這いの体勢で着地する。
追撃に備え、司狼は後方へと跳び退きながらでたらめに銃火をばらまいたが、どうやらその必要はなかったようだ。
「避けたか。まあ、そうでなければ張りあいがないと言うものよ」
襲撃者の青年は二の太刀を繰りだすでもなく、悠然とした佇まいで司狼と対峙する。
端正な顔立ちに雅な空気をまとった、袴姿の色男。
紺色の陣羽織を身にまとい、身の丈ほどの長刀を手に携えたその姿は、まごうことなきサムライのそれだ。
時代錯誤なその装い。
総身にみなぎる破格の霊圧。
「ちっ! サーバントかよ……!」
「いかにも。アサシンのサーバント――佐々木小次郎。……悪いな少年。我がマスターの下知だ。これより先は、一歩も通さん」
◆◆◆
剣と拳。
荒れ狂う二つの暴力は、互いに互いを打ち砕かんと激しく渦巻きながら苛烈極まる攻防を繰り広げる。
疾風(はやて)のごとく繰り出される豪剣剛腕は幾度となく絡み、弾け、せめぎ合い、鮮血と火花をおびただしく虚空に散らす。
「おらああああ!」
乱れ飛ぶ深紅の杭が、槍衾となってセイバーを押しつつむ。
「甘い!」
四方から襲い来る荊の檻を一刀のもとに薙ぎ払い、返す刀でヴィルヘルムの首を狙うセイバー。
だがその斬撃は、こつぜんと虚空から連なり出た無数の杭に阻まれた。
「はあああああ!」
不可視の聖剣が力任せに杭を斬り砕く。だがその頃には必殺の勢いは削ぎ落され、切っ先は紙一重でヴィルヘルムを捉えられない。
「!」
杭をまとったヴィルヘルムの回し蹴り。
身をかがめてかいくぐり、渾身の刺突を繰りだす。
届かない。
ヴィルヘルムは片足立ちのまま器用に後方に跳びのき、そこからさらに身をのけぞらせ、胴への一撃を躱してのけた。
――だけではない。
「くっ!?」
ブレイクダンスの要領で足を振り上げ、脇腹をめがけ蹴りを放つ。
回避の間にあう体勢でも無ければ、剣を引きもどしている余裕もない。
蹴りの軌道にとっさに両腕を割り込ませ、どうにか直撃だけはまぬがれる。
だが踵から突き出した血の杭が、籠手を貫き、セイバーの腕にその矛先を突き立――
「ストライク・エア(風王鉄槌)!」
「――っ!?」
荒れ狂う暴風がヴィルヘルムの長躯を吹き飛ばした。
狙いも定めず、苦しまぎれに解き放たれた一撃だ。
必殺など望むべくもなかったが、腕に届く寸前で、杭を籠手から引き剥がすことには成功した。
「うおおおおおおおおお!」
すかさず追撃に移るセイバー。
「しゃらくせえ!」
即座に体勢を立て直し、迎え撃つヴィルヘルム。
一進一退の攻防が続く。
卓越したセイバーの剣腕は、天衣無縫なヴィルヘルムの体術を大きく凌駕していた。
だが、敵の圧倒的な手数と先のライダー戦での消耗のせいで、どうしても押し切ることができない。
「いいぜ……! その剣の冴え、ヴァルキュリア以上だ!」
「ちっ……!」
歪んだ笑みを深めるヴィルヘルムとは対照的に、セイバーの麗貌はじょじょに焦りの色を帯び始める。
先の宣言どおり、ヴィルヘルムはあくまでセイバーのみに攻撃を集中させていた。
縦横無尽にふりそそぐ杭の雨も、士郎と凛のまわりだけは綺麗に避けて通っている。
だが吸精そのものは無差別に効果を発揮すると見え、屋上の隅で戦況を見守る二人の顔は、次第に土気色に蒼褪めていく。
持久戦はまずい。
しかし、一体どうすれば?
「――カラド・ボルク(偽・螺旋剣)!」
苛烈な攻防の末、体勢を立て直すべく互いに相手との距離をとったその時、一条の矢と化した宝剣がヴィルヘルム目掛けて飛来した。
(アーチャーか!)
死角からの完全な不意打ち。
しかし、ヴィルヘルムは動じない。
虚空に出現したおびただしい数の杭が矢の行く手を阻む。
轟音。爆発。
薔薇色の夜空に、大輪の炎が弾け散る。
「……なるほど。この結界はあなたそのものというわけか」
「ご名答だセイバー」
答えながら、次々と襲いかかる矢の雨を視認もせずに杭で撃ち落とすヴィルヘルム。
「ご覧のとおり、ここで俺を出し抜こうなんざ無理な話さ」
「さて、それはどうかな?」
「あん?」
ヴィルヘルム・エーレンブルグは結界内のあらゆるすべてを知覚している。
だが、知覚と認識が必ずしもイコールで結ばれるとは限らない。
たとえば、そう――取るに足らぬと断じたザコの動向に、いちいち注意など払うまい。
サーバント二人を同時に相手取っている状況では、なおのこと。
だから――
「―――――――Sechs(六番) Ein Flus, ein Halt(冬の河)……!」
凍てつく冷気が己を呑み込むその瞬間まで、ヴィルヘルムは背後からの奇襲に気づけなかった。
「なっ……!?」
吸血鬼の白貌が驚愕に歪む。
さしものヴィルヘルムも予想だにしていなかったのだろう。
ただの魔術師に過ぎない凛が、己を打倒するに足る切札を有していたことなど。
そしてこの死地において、怯みもせずに打って出る、強靭な胆力をそなえていたことも。
「はああああああ!」
この決定的な好機を、むろんセイバーは見逃さない。
走る。けぶる冷気を突き抜けて。
Aランクに相当する凛の宝石も、高い抗魔力に守られたセイバーにとってはそよ風も同然だ。
構うことなく間合いを詰め、真っ白に染まる視界の中、直前までの目測を頼りに剣を振り下ろす。
野太い雄叫びを上げながら、司狼は豪快にバイクを操り、異界と化した街並みを突っ走る。
一体どこから湧いて出たのか、闇に閉ざされた真昼の新都には、粗末な剣を手に手に携え、髑髏の戦士たちが司狼の行く手を阻まんとひしめいていた。
おびただしい数の敵、敵、敵。
すべてザコだ。取るに足りない。
何千何万たばになろうと、司狼の首には届かない。
そう――そんなことは、コレ(竜牙兵)をけしかけた張本人も分かっているはずだ。
つまり――
(目的は足止めか……!)
アクセルは緩めない。
フルスロットルのまま、襲いくる竜牙兵たちを蹴散らしていく。
拳銃が火を噴き、鎖が宙を舞い、車輪が地を駆け、鋼鉄の処女が押し寄せる白骨の騎士たちを抱きつぶす。
形成位階の大盤振る舞い。
出し惜しみはしない。
冬木市への『彼女』の来訪。
それと時を同じくして、彼女の滞在先近辺を覆った闇色の結界。
「偶然、なわけねえよな……!」
ゆえに急ぐ。
この結界に囚われているであろう少女のもとへ。
愛すべき、かけがえのない幼馴染(バカ)の愛娘のもとへ。
「舐めんじゃねえよ! この程度で俺様が止められると思ってやがんのか――!」
「――否。無論、毛の先ほども考えてはおらぬよ」
「!?」
玲瓏とした声が耳朶に届くよりも早く、司狼は首筋を撫でる鋭い殺気に反応していた。
視界の端を銀光が奔り抜ける。
バイクから身を投げ出すのがわずかでも遅れていれば、司狼の首は今頃胴と泣き別れていたことだろう。
アスファルトを削りながら、四つん這いの体勢で着地する。
追撃に備え、司狼は後方へと跳び退きながらでたらめに銃火をばらまいたが、どうやらその必要はなかったようだ。
「避けたか。まあ、そうでなければ張りあいがないと言うものよ」
襲撃者の青年は二の太刀を繰りだすでもなく、悠然とした佇まいで司狼と対峙する。
端正な顔立ちに雅な空気をまとった、袴姿の色男。
紺色の陣羽織を身にまとい、身の丈ほどの長刀を手に携えたその姿は、まごうことなきサムライのそれだ。
時代錯誤なその装い。
総身にみなぎる破格の霊圧。
「ちっ! サーバントかよ……!」
「いかにも。アサシンのサーバント――佐々木小次郎。……悪いな少年。我がマスターの下知だ。これより先は、一歩も通さん」
◆◆◆
剣と拳。
荒れ狂う二つの暴力は、互いに互いを打ち砕かんと激しく渦巻きながら苛烈極まる攻防を繰り広げる。
疾風(はやて)のごとく繰り出される豪剣剛腕は幾度となく絡み、弾け、せめぎ合い、鮮血と火花をおびただしく虚空に散らす。
「おらああああ!」
乱れ飛ぶ深紅の杭が、槍衾となってセイバーを押しつつむ。
「甘い!」
四方から襲い来る荊の檻を一刀のもとに薙ぎ払い、返す刀でヴィルヘルムの首を狙うセイバー。
だがその斬撃は、こつぜんと虚空から連なり出た無数の杭に阻まれた。
「はあああああ!」
不可視の聖剣が力任せに杭を斬り砕く。だがその頃には必殺の勢いは削ぎ落され、切っ先は紙一重でヴィルヘルムを捉えられない。
「!」
杭をまとったヴィルヘルムの回し蹴り。
身をかがめてかいくぐり、渾身の刺突を繰りだす。
届かない。
ヴィルヘルムは片足立ちのまま器用に後方に跳びのき、そこからさらに身をのけぞらせ、胴への一撃を躱してのけた。
――だけではない。
「くっ!?」
ブレイクダンスの要領で足を振り上げ、脇腹をめがけ蹴りを放つ。
回避の間にあう体勢でも無ければ、剣を引きもどしている余裕もない。
蹴りの軌道にとっさに両腕を割り込ませ、どうにか直撃だけはまぬがれる。
だが踵から突き出した血の杭が、籠手を貫き、セイバーの腕にその矛先を突き立――
「ストライク・エア(風王鉄槌)!」
「――っ!?」
荒れ狂う暴風がヴィルヘルムの長躯を吹き飛ばした。
狙いも定めず、苦しまぎれに解き放たれた一撃だ。
必殺など望むべくもなかったが、腕に届く寸前で、杭を籠手から引き剥がすことには成功した。
「うおおおおおおおおお!」
すかさず追撃に移るセイバー。
「しゃらくせえ!」
即座に体勢を立て直し、迎え撃つヴィルヘルム。
一進一退の攻防が続く。
卓越したセイバーの剣腕は、天衣無縫なヴィルヘルムの体術を大きく凌駕していた。
だが、敵の圧倒的な手数と先のライダー戦での消耗のせいで、どうしても押し切ることができない。
「いいぜ……! その剣の冴え、ヴァルキュリア以上だ!」
「ちっ……!」
歪んだ笑みを深めるヴィルヘルムとは対照的に、セイバーの麗貌はじょじょに焦りの色を帯び始める。
先の宣言どおり、ヴィルヘルムはあくまでセイバーのみに攻撃を集中させていた。
縦横無尽にふりそそぐ杭の雨も、士郎と凛のまわりだけは綺麗に避けて通っている。
だが吸精そのものは無差別に効果を発揮すると見え、屋上の隅で戦況を見守る二人の顔は、次第に土気色に蒼褪めていく。
持久戦はまずい。
しかし、一体どうすれば?
「――カラド・ボルク(偽・螺旋剣)!」
苛烈な攻防の末、体勢を立て直すべく互いに相手との距離をとったその時、一条の矢と化した宝剣がヴィルヘルム目掛けて飛来した。
(アーチャーか!)
死角からの完全な不意打ち。
しかし、ヴィルヘルムは動じない。
虚空に出現したおびただしい数の杭が矢の行く手を阻む。
轟音。爆発。
薔薇色の夜空に、大輪の炎が弾け散る。
「……なるほど。この結界はあなたそのものというわけか」
「ご名答だセイバー」
答えながら、次々と襲いかかる矢の雨を視認もせずに杭で撃ち落とすヴィルヘルム。
「ご覧のとおり、ここで俺を出し抜こうなんざ無理な話さ」
「さて、それはどうかな?」
「あん?」
ヴィルヘルム・エーレンブルグは結界内のあらゆるすべてを知覚している。
だが、知覚と認識が必ずしもイコールで結ばれるとは限らない。
たとえば、そう――取るに足らぬと断じたザコの動向に、いちいち注意など払うまい。
サーバント二人を同時に相手取っている状況では、なおのこと。
だから――
「―――――――Sechs(六番) Ein Flus, ein Halt(冬の河)……!」
凍てつく冷気が己を呑み込むその瞬間まで、ヴィルヘルムは背後からの奇襲に気づけなかった。
「なっ……!?」
吸血鬼の白貌が驚愕に歪む。
さしものヴィルヘルムも予想だにしていなかったのだろう。
ただの魔術師に過ぎない凛が、己を打倒するに足る切札を有していたことなど。
そしてこの死地において、怯みもせずに打って出る、強靭な胆力をそなえていたことも。
「はああああああ!」
この決定的な好機を、むろんセイバーは見逃さない。
走る。けぶる冷気を突き抜けて。
Aランクに相当する凛の宝石も、高い抗魔力に守られたセイバーにとってはそよ風も同然だ。
構うことなく間合いを詰め、真っ白に染まる視界の中、直前までの目測を頼りに剣を振り下ろす。
作品名:FATE×Dies Irae3話―8 作家名:真砂