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この馬鹿に悲劇は似合わない

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馬鹿なことをしている。
 馬鹿なことをしている、そう思う。数多の強敵と戦い抜いた極制服は十全に力を揮うにはぼろぼろすぎた。それでも蟇郡はそびえ立つことを止められない。彼の後ろに立つ少女を庇うように。

 きっと今でも自分に何が起こっているのかわからない少女。戦う手段を持たない少女。巻き込まれてしまった結果だとはいえ、親友を応援するためだけにこんな戦場にまできてしまった馬鹿な少女。
 目先の欲に目が眩む浅はかな少女。それでも大事なものは決して見失わない少女。親友のためならば敵に臆することなく面と向かう強い少女。自分の力量を知ってるはずなのに、親友のためには危険な場所に飛び込んでしまう馬鹿な少女。

 彼女を守りたいだろう親友の女は自身の目の前の敵から目を離せるような状況ではなかった。いや、もしそうでなくとも自分は少女の前に駆けていたであろう。今でさえ、彼女が危ない、そう思ったその瞬間、彼は何か考える前に駆けだしていたのだから。
 彼女の人生を黄色信号だと評したのは彼女自身だったが、「一生注意」など、今思えば過去の自分は上手くいったものだと思う。彼はいくら自分と対する敵に集中していても、戦場をちょろちょろと動き回る彼女を意識の外に追いやることはできなかった。大阪での襲学旅行でもこの戦いの場でもそうだ。塔首決戦のような完全な一対一の場ならまだしも、あのような複数対複数の場ならば、目の前の敵以外にも、例えば他の四天王や彼が付き従う女性の動きも視界や耳に入れながら動くのは道理である。彼にとっての敵にも、おそらく味方にも成り得ない少女の動きを追うなど無駄なことだ。
 しかし、視界の端から外すことができなかった。耳から取り零すこともできなかった。意識の外に追いやることもできなかった。彼の体も心も、彼が敬する女性の前に頭を垂れているというのに、彼の頭の先から指先から足のつま先まで、身体のどこかで、心のどこかで、ずっと、少女を追っていた。

 その結果がこの様だ。自分がもし膝をつくときがあるとすれば、かの女性を庇った時だと思っていた。鬼龍院皐月の盾になること。その女性に望まれたこととはいえそれこそ自身の本望だと思っていたし、そうやって命を落とすことを彼は覚悟していた。それなのに、自分は今、ただの一学生の少女を守るために、少女を傷つけんとする輩を倒すために、その身体を、力を、使っている。
 その途中で倒れるなど決して彼はしない。例え精根尽き果てようとも、少女を狙う輩を殲滅し、彼女を守りきった時にやっと、彼の身体は地に伏すだろう。
 彼は本能字学園の風紀部委員長である。困っている学園の生徒がいれば彼自らから手を差し伸べるだろう。では今自分がこうやって守っているのは、彼女が庇護されるべき一生徒だからだろうか。違う。彼が守っているのは満艦飾マコという少女だ。どこにでもいそうで、どこにもいない、奇想天外な少女だ。彼が敬愛する女性に授かった能力を、その女性に捧げるために鍛え上げられた身体を、おそらくいなくなっても世界には影響しないであろう一人の少女のために使う。おかしいと思う。馬鹿なことをしていると思う。しかし彼はこれも悪くないのではないか、不思議とそう思ってもいた。
 彼の中学校の卒業式の日、あの日の覚悟を忘れたわけではない。捨て去ったわけではない。それは彼が空に戴く北極星であり、背骨のように彼を貫く一本の芯である。かの女性がいない自分などあり得ない。
 それでは、彼にとっての彼女を何と呼ぼう。
 蟇郡苛にとっての満艦飾マコを、何と呼ぼう。

「蟇郡、先輩?」

 他にも戦闘が続いている場所はあるが、戦いが終わって急に静けさを取り戻した彼の周りに、まるでたった今やっと事態を飲み込んだような少女の声が響いた。
 今のところは、であるが彼女を狙っていた敵は殲滅した。振り返ることはできないが、声からして彼女が傷を負っていることはなさそうだ。自分は上手く退避するよういうことができただろうか。彼女を心配させないように言葉を選べただろうか。そもそも口を動かすことができただろうか。
 せんぱい、せんぱい、繰り返し自分を呼ぶ少女の声が意識と共に遠のく。
 馬鹿な少女だ。いつもの素早い逃げ足でさっさと安全な地へいけばいいのに。そしていつも通りの元気な姿で親友を応援すればいいのに。

 しかし、本物の馬鹿は、お前を守りきったことに満足さえしている、この俺だ。


 少女の盾となり彼女を傷一つつけず守り抜いたその男は、血だらけの身体で、どこか柔らかい表情で地に倒れ込んだ。