この馬鹿に悲劇は似合わない
「はい?」
「それは俺の真似か?」
「そうです、先輩が、いってたから」
「確か、お前と纏を車に乗せた時だったか」
「そうです、先輩がピカピカの新車でスピンスピンしたときです!」
「……嫌なことを思い出させるな」
「すみません!」
泣きながらも、先ほどの落ち込んだ様子とは違っていつも通りの笑顔を見せた満艦飾にほっとしつつ、更に彼は真面目な顔で語りかける。
「満艦飾。有り得ない話ではあるが、あのとき俺が泣いたとして、それは俺の責任だ」
「どういうことですか?」
「あのとき俺が狙われたのは、俺が三ツ星極制服を着ていたからだ。俺には風紀部委員長として、三ツ星極制服を着用する者としての他の生徒たちから狙われる危険を背負う責任があった。
・・・つまり、決してお前や纏のせいではない。それはわかるな?」
後半になるにつれ顔を難しくさせる満艦飾のために簡単にしていえば、こくこく、と彼女は何度も頷く。
「ではお前が今泣いているのはどうしてだ?」
「それは、先輩が、私のぜいで・・・」
話しているうちに少しおさまってきていた涙がまだ彼女のまん丸い目から溢れ出す。どこにこんなに水分を蓄えているんだ、なんてことを考えながらも彼は首を横に振った。
「違う。お前のせいではない。俺が、俺自身の考えで、お前を庇ったのだ。確かにお前が危険な場所にいた事実は否定できないが…ああ、泣くな!
いいか満艦飾。一度纏が服にのまれて暴走したことがあっただろう。あの時お前は纏の暴走を止めるために纏にしがみつき、火傷を負った。そうだな?」
「火傷じゃないでずうぅ。こんがり日焼けしだんでずうぅ。じゅび、先輩話逸らしちゃダメでず!」
「逸らしていない。いいから聞け。満艦飾。お前がその時、・・・その、日焼けをしたのは、纏のせいか?」
涙が飛び散るぐらいに勢いよくぶんぶんと首を横に振って、満艦飾は声を上げた。
「違います! 流子ちゃんにもいわれたけど、あれはマコが流子ちゃんを死なせたくなくって、元に戻したくってしたことです! 流子ちゃんは元々は自分が暴走したからだっていってたけれど、それとは全然関係ないです! どうしても誰のせいか決めなきゃいけないっていわれたら、それは、マコのせいです!」
「そうか。なら俺のせいだ」
そういった蟇郡を見て、満艦飾は涙でぬれた目をきょとりと見開いた。
「へ?」
「お前が泣いているのは、俺がお前を庇ったせいだ。そして俺が未熟ゆえに、お前を心配させることとなってしまった」
「それは」
「もしこれが違うというのならば、さっきのお前が日焼けした原因というのも纏のせいではないのか?」
満艦飾がむむむむむ、と口ごもる。いつも無茶苦茶な論理で色んな人間が丸め込まれているのを見ている蟇郡は見ていて気持ちの良いものであったが、これさえも論破されてはかなわないと、彼女が反論する前に続けざまにいった。
「あのときお前と纏が俺と他の生徒たちとの戦いに巻き込まれたのは俺が原因だ。だからお前たちを下がらせ、俺だけで始末をつけた。纏との戦いに俺が負けたのも、俺の慢心が故。だから自分の力で這い上り、もう一度皐月様の信頼を得る。自分の涙を自分が拭くとはそういうことだ。
そしてお前は今俺のせいで泣いている」
彼の台詞についていけてるのかいまいちよくわからない彼女の目をまっすぐ見ながら、蟇郡は緩みきっていた満艦飾の手からハンカチをそっと奪い取った。
「だからそれも俺の涙だ。俺が拭こう、満艦飾」
「・・・わかりました」
納得しきれていないというよりはおそらく理解しきれていないのであろう満艦飾が蟇郡に顔を寄せ、目を閉じる。流石に衣服の濡れた部分は自分でやらせねばと考えながらも、蟇郡は大きく無骨な手で、それでも優しく、首や顔、目の周囲の涙が流れているところにハンカチをあてて、ふき取っていた。時々声を震わせ、しゃっくりを起こしていた満艦飾が段々と落ち着き、涙の量も減っていく。
「そういえば満艦飾」
「なんですかー?」
「俺が助かったのは、この病院と医師、そして俺自身の体力のおかげでもあるらしいが、誰かによる迅速で適切な応急処置のおかげでもあるらしい」
涙が拭き終わったのもあって、ぐっしょりと濡れてしまったハンカチを顔から退けると、彼女は目を開いた後、またパチクリと瞬きをした。
いくら自分が守りきったからとはいえ、傷や汚れすら一つもなく、まるで新調したかのような、彼女がパジャマ以外に持っているほぼ唯一の衣服である制服。そして医者のあの言葉。
答えはもう見えていた。
「礼をいうぞ満艦飾。お前のおかげで、俺は命拾いをした」
蟇郡には自覚はなかったが、その時の彼は驚くほど――犬牟田が見ればデータにとり、猿投山が居れば暫く固まり、蛇崩が見ればからかいの対象にして、皐月が見れば口元を緩ませるであろうほど、穏やかな顔をしていた。
満艦飾は、また泣きそうになるのを我慢して、下を向いて言った。
「・・・どういたしまして! 目先の欲に目が眩んだ流子ちゃんもすごいけど、マコだってすごいんですから!」
「それはよく知っている」
うつむいた彼女の頭に、彼はよく考えず、ハンカチを持っているのとは逆の手で触れた。ビックリしたのか「うええっ!?」と悲鳴が上がり、一瞬彼女の体自体が飛びあがって混乱した様子で蟇郡を見る。
蟇郡も彼女の驚き様に驚いて一瞬彼女の頭から手を放したが、それでも、彼にも理由はわからないが満艦飾の頭の上に手を置き直して、彼女のまん丸い頭を撫でながらいった。
「それにお前は、闇医者の娘の端くれなんだろう?」
また彼女は一度大きく瞬きをして、一筋だけ涙が流れていく。
それを満艦飾は片手でふき取って、いつもみたいな笑顔で、頷いた。
「はい!」
[ この馬鹿に悲劇は似合わない ]
作品名:この馬鹿に悲劇は似合わない 作家名:草葉恭狸