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この馬鹿に悲劇は似合わない

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 結果だけ述べるとするならば、蟇郡は生きていた。
 鬼龍院財閥お抱えの大病院で腕のいい医師を担当にあててもらえたこともあるだろう。しかしその担当の医者は、蟇郡が元々持っていた人並外れた体力と、彼が病院に運ばれる前に受けたらしき応急措置のおかげだろうと語った。
 意外にも、初めて蟇郡の意識が回復した時、傍にいたのは纏流子であった。
 ぼんやりと周囲を見渡していた視線がかち合い、数秒間おそらく「何故自分なんだ」「何故今なんだ」と思いながらお互いを凝視していた。それから蟇郡の意識がふっと遠のき、硬直から解放されたらしい纏が「なんで今気づくんだよタイミング考えろよ!」と言いながらドタバタとしているのを見たのを最後に再び意識を失った。
 それからは何度か意識を取り戻し、そして失うことが続いた。そのとき自分のそばにいた人間は色々だ。あるときは病室で馴染みの電子機器が使えないという、同じ病院に入院しているらしい腕を吊った犬牟田のぼやきを寝ても覚めても延々と聞かされていたし、また、本人いわく全て大したことのない傷らしいのだが、目を開けてミイラ男のような状態になった猿投山がいたときは正直度肝を抜かれた。両親や親戚がいたときもあれば、顔に白くて大きな絆創膏を貼った彼の主君が珍しくリラックスした様子で静かに本を読んでいる時も、そしてその隣で穏やかな顔をした蛇崩が――もう一度言う、「珍しい」という範囲に収められないほどに彼としては考えられなかったが、穏やかな顔をした蛇崩がいて、二人が時々思い出したようにぽつりぽつりとする会話を子守唄のように聞きながら微睡むこともあった。一度だけところどころ包帯が巻かれていたヌーディストビーチの男二人が何故かきていたが、その内の男一人が何故か包帯以外上半身が裸で運悪く包帯で巻かれていなかった某所が発光しているのを目にして彼らに気づかれる前に蟇郡は反射的に寝たふりをした。敵前逃亡ではない。己の本能にしたがったまでのことだ。
 そのうちの誰も、倒れる前の彼の行動に触れることは何故かなかった。
 そして、蟇郡の待ち人が現れたのは、彼が病院の中庭に散歩にいけるまでに回復してからだった。
 数秒間は彼女の親友と押し問答をしていたようだが、その親友に蟇郡の病室の扉を大きくノックされて腹をくくったのか、ゆっくりと病室のドアが開いて、傾けられた少女の頭がひょっこりと目までだけ覗いた。

「蟇郡先輩」
「遠慮するな。入れ」

 一つ大きく深呼吸をしてから、彼女は何故か後ろを向いて病室に入り、扉を閉めてからこちらを向いた。目を瞑ってはいたが、手に新聞紙で包まれた白くて小さい花の花束を持っていること以外は、頭のてっぺんからつま先まで、傷も汚れも一つもない、本能字学園無星生徒の制服に身を包んだ、いつもの満艦飾マコであった。
 それから何度も深呼吸をしてからやっと彼女は目を開いて、唇をぎゅっと引き締めると、それから、大粒の涙をぼろぼろと零し始めた。
 思わず固まる蟇郡を放って、彼女は病室におかれていた水だけが入った花瓶をとると――こうなることを知っていたのか、元々花が挿されていたいくつかの花瓶の隣に看護師が先ほど置いて行ったものであった。その時は理由を尋ねても笑顔ではぐらかされてしまったが、おそらく鬼龍院の差し金であろう。彼はひっそりと戦慄した――手に持っていた花束を開いて、花瓶に花をいれつつ、泣きながらも話し始めた。

「先輩、これ、花屋さんでただ同然でもらってきちゃいましたよ。本当は途中でお花たくさんつんでこようと思ったんですけどね、花瓶に飾れるようなものの方がいいって止められたんです。でも私、この花大好きなんです。昔、私が又郎ぐらいに小さいとき、母の日にはカーネーションをあげるんだって聞いて、お花屋さんにいったんですけど、私がためてたお小遣いじゃ花束にするには足りなかったんです。そしたら、先輩、花屋さんの人がカーネーションを一輪だけ、他はこの花をおまけにたっくさんサービスでつけてくれて、花束にしてくれたんです。町の人には花になんてお金使ってもったいないっていわれたけど、お母さんはすっごく喜んでくれたんですよ!」
「満艦飾」

 彼女の話が一息ついたところでやっと名前を呼ぶと、「先輩」と、彼女は鼻水をすすりながら蟇郡が横になっているベッドの近くの丸い椅子座って、勢いよく頭を下げた。

「有難うございました、そしてごめんなさい!」
「・・・何の話だ」
「だって、先輩は私を庇ったから大けがをして入院することになったんじゃないですか」

 彼女が顔を上げて、やっとまともにお互い目を見て会話できたものの、蟇郡は途方に暮れてしまった。彼が苦手とする数少ないものの一つに、女性の涙があるのは実はあまり知られていない話である。

「先輩が一番初めに意識を取り戻した時、流子ちゃんがいたの覚えてますか? 本当はあのとき、私もきてたんです。でも、先輩が色々と機械とか管に繋がれてるの見てから、涙が止まらなくなっちゃって、トイレにいってたんです。その間に先輩が目を覚ましたけど私が戻る前にすぐ眠っちゃったって聞きました!
 それで、うちの家は確かにお医者さんですけれど闇医者ですから、機械買うお金なんてなくって、だからあんなにたくさんは初めて見たんですけれど、それから流子ちゃんと先輩のとこに来るたびに先輩は寝てて、機械に繋がれてる先輩見たらすぐ泣くようになっちゃったんです。闇医者だけど医者の娘の端くれなのにっ。マコは医者の娘の端くれ失格です。
 それでそれで、先輩の部屋から機械がなくなったってきいて、やっとこれると思って、最初は謝るだけにしようと思ってたんですけれど、流子ちゃんに叱られたんです。私が流子ちゃんの暴走を止めた時と同じだって。あのとき流子ちゃんに謝られたらどう思うかっていわれて。確かにそうですけど、でも、それとこれとは・・・・じゅびっ、うええええもう機械がないのに涙が止まらないよー! このままだとマコ枯れちゃうよー!!」

 上を向いて大泣きする彼女に、頭の中でひたすらどうするか考えていた蟇郡は彼女の涙や諸々が首にまで伝うのを見てやっと身体を動かした。

「満艦飾、何か拭くものは」
「ハッ! 思い出しました。大丈夫でず、お母さんと流子ぢゃんにいわれでっ、ぢゃんとハンカチ、持っできでますから」

 いつかのときのように、鼻水みたいな涙をべちょべちょと零しながら、満艦飾は綺麗に折りたたまれたハンカチを何故か胸元から取り出して、力強くごしごしと目の周囲をこすり始めた。そんなやり方では目を傷めてしまう、そう思ってるといつのまにか蟇郡はハンカチを握る満艦飾の手を掴んでいた。

「蟇郡先輩?」

 きょとん、とする彼女を前に一瞬自分も狼狽し、えほん、とわざとらしく咳払いしてからその手を離さないまま彼は満艦飾の目を見て話しかける。

「そんなに強くこすると目を痛めるぞ。ハンカチを貸せ。俺が拭く」
「いいんです。私の涙はっ、私が拭きます!」

 キリッと格好つけ、涙を零しながらどう考えても目を拭くという用途には強すぎる力でハンカチを握りしめる満艦飾を前にして、少し考えるそぶりを見せてから蟇郡は彼女に呼びかけた。

「満艦飾」