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徹夜兄弟

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「あがり。また、俺の勝ちだな」
「あー、またかよー! 今度こそ勝てると思ったのになァ」
 青色に輝く小石を見下ろして、ルフィががっくりと頭を落とした。青色の石はルフィの駒、オレンジの王冠はエースの駒。確かそう決めたのは10年以上も前のことではなかったか? それでも、2人の間でその取り決めはずっと続いている。
 食卓の上には、コンビニで買ってきた駄菓子やらペットボトルのジュースやらに囲まれて大判のノートが横たわっている。端がところどころ黄ばんで、湿気でややうねった、分厚いノートだ。そして開いたページ一面には、子供の殴り書きで小さなマスとその中を埋める文字、他にも悪ふざけの塊ような落書きがぎっしりと。オレンジの王冠がでんとましましているのは、ミミズのようにのたくった「ゴール」の文字の上だ。
 そこらではちょっと売っていないようなこの大きなノートをくれたのはいったい誰だったか、ともかくノートは、誰か大人が、幼いころの2人に与えたものだった。確かそのとき優しい兄ちゃんのエースは、ちょうどお絵かきに嵌りはじめていたルフィにその大きなノートを譲ろうとしたのだ。しかし健気な弟は、あの真ん丸くどこまでも深い瞳でまっすぐにエースを見上げ、
「やだ! これは2人で使うんだ! じゃなきゃ、おれはこんなノートいらねえ!」
 ――結局どんな話し合いの末そうなったのかは忘れてしまったが、その後の2人の取り決めで、この大きなノートは1ページ1ページを絶対に2人揃って埋めるのだと、そう決められたのだった。その証拠にノートの最初のページにやはりミミズのような字で書かれている。
『このノートは、ぜったい、2りでつかうノートです。 エース ろふい』
 いったいどこで覚えたのか、拇印まで押してあるという懲りようだ。
「それにしてもルフィ、こりゃねえだろう。『肉をくう』。肉を食ってどうなるってんだ? これじゃすごろくにならねえ」
「どうなるって、そこに止まったら肉を食うんだ。今日は止まらなくって残念だったなァ」
「またそりゃ、けったいなすごろくだぜ」
 2ページ目からいくらかは、これまた自分たちがどういうつもりでそうしたのかエースにはさっぱり思い出せないのだが、見開きいっぱいのすごろくが何パターンか続いている。同じミミズではあっても控えめなミミズと元気の良すぎるミミズがのたくっているあたり、協定通り2人で作ったすごろくなのだろう。
 そして今、こうして何かを反復するかのように、解読の難しすぎるすごろくで、2人して遊んでいる。
「つうかオマエこの頃、ひらがなも怪しい癖して、肉はちゃんと漢字で書けてたんだな。今更ながら笑える」
「今だって書けるぞ」
「そりゃ当たり前だ」
 そうか? と首を傾げながら、ルフィはジュウジュウと棒ゼリーを啜った。
「次もすごろくか?」
「んー……あ、次からは迷路だ」
「あー、迷路」
 びっしりと線を書き込まれた、グロテスクにすら見えるページ。ゴールにはでかく『肉』の文字が書かれている。
「これはどういうことなんです? 肉大臣」
「ゴールしたら、肉が貰えんだ」
「ま、そうだよな」
 案の定の答えを胸を張って言ったルフィに苦笑し、エースは傍らに積まれた駄菓子の山をガサガサと漁った。
「これでどうだ? 蒲焼さん太郎」
「うーん」
「仕方ねえな。焼肉さん太郎も付ける」
「うし」
 お前『肉』って入ってるかどうかで決めてねえか? とぼやくエースをよそに、にかと笑い、ルフィは『スタート』に人差し指を置いた。
「3分だぜ」
「えー、短ぇよ」
「じゃ、3分10秒だ」
 携帯のアラーム片手にヒラヒラと焼肉さん太郎を目の前で振ってやれば、ルフィは唇を尖らせながらも鉛筆の線で綴られた道をなぞり始めた。アンパンマングミを食パンマンから食べ始めることにして、オブラートをグリグリと歯で撫でながら、エースは必死そうな旋毛を見下ろす。
「……ガキのころさあ。ルフィお前、確かピーマン嫌いだったよな」
「んー? ああ」
「不思議だよな。そういうのって、いつの間にか食えるようになってんだ。……昔はお前のピーマン、俺が食ってやってたのにな」
 思えばエース自身、ピーマンがそう好きでもなかったのだが、ルフィのを無理矢理食ってやっているうちに自然、食べられるようになっていた気がする。エースがしみじみと感慨に浸っていると、下を向いているせいでくぐもったルフィの声がぼそり、聞こえた。
「エース、覚えてねえの?」
「何が」
 ず、と、ルフィが鼻を啜った。そういえば夜も更けてきて、少し肌寒い。エアコンのリモコンは、積み重なった菓子の空き袋に埋もれていた。
「エースは、おれがピーマン残すと、食ってくれてたろ」
「ああ。2人分な」
「そうさ2人分。でも、無理してた」
 ああ、行き止まりだ。大口を開けたワニの絵にぶつかる前に、ルフィは指を元来た道に戻した。
「別に、無理なんて」
「してたね。だってエース、吐いたろ」
「は? んだそれ。吐いてねえよ」
「いーや、吐いた。日曜日。あの日の昼飯は2人きりで、メニューは、焼そばと赤いウインナーと、炒めたピーマンだった」
「何味の?」
「醤油」
「そういうことばっかり覚えてんだ、オマエは」
 ハハ、と笑って、エースは最後のバイキンマンを口に放り込んだ。ケースに張り付いたオブラートも、爪で剥がして一緒に噛む。
「ピーマンは、結構でかく切ってあった。今のエースの小指くらい。で、エースは、でかく切ったピーマンが苦手だったんだ」
「でかく切ろうが小さく切ろうがピーマンはピーマンだろ?」
「違う、エースはでかいピーマンが嫌いだった。だからおれは、エースに、食わなくていいって言ったんだ」
「お前が? 俺に?」
「ああ、言った。でもエースは余計むきになって、無理矢理自分のとおれのを全部口に詰め込んだ」
 微妙に溶けたオブラートが、歯の裏側にべとべとと貼りつく。舌の先でこそげ取りながら、続けろよ、とエースは促した。
「その日は、麦茶がなかったんだ」
「へえ?」
「暑い日だったから。午前中に無くなって、仕方ねえから、エースが冷蔵庫から牛乳出してきてた」
「焼そばに牛乳か?」
「だって、エースが持ってきたんだぞ」
 ルフィの指は、今度は血まみれクマの絵にぶつかりそうになった。また戻る。くねくねと、それでも躊躇いなしに進んでいく。
「わかった、続けろよ」
「……で、エースは口いっぱいのピーマンを流し込んだんだ。牛乳で」
「……牛乳で?」
「牛乳で」
 相変わらずルフィは下を向いて、迷路の細い道を辿り続けている。少し伸びた前髪に隠れて表情が見えず、エースは少し、どきりとした。取り繕うようにして話を続ける。
「で、吐いた?」
「ああ。すごかったぞ、温泉のライオンみてえにエースの口から真っ白なまんまの牛乳が噴き出して、その中にピーマンが」
「や! いい、もういい。しかしな……それ、ホントかァ?」
「絶対だ。間違いねえ」
 ああ、また行き止まりだ。
作品名:徹夜兄弟 作家名:ちよ子