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竜が好きだった少年へ

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久しぶりと呟いたのは、シークと呼ばれるこの場所への感慨なのか、それともこの場所で果てた彼に向けるものなのか、定かではなかった。
険しい峰の間を吹く風が髪を揺らし、もともと気温の低いこの谷で、彼は少し身を震わせてから滑らぬよう足元に気を向けて一歩一歩を踏みしめる。
谷間とは言え、周りにそびえ立つ峰がもともと高すぎるのだ。谷と呼ばれようと、標高は非常に高いこの場所で、空に突き出すように大地が切れた崖がある。
無骨に土から顔を出す水晶や輝石の結晶はいつ来ても見事という他ない眺めだった。人が立ち入ることの出来る場所であれば、採掘が進みこの景色はなかったろう。
限られた者しか飛来できないこの閉ざされた土地だからこそ、この煌々しい光景はその姿を留めているのだろうな、と思った。

空に突き出た崖の際に、ナキアは一輪花を置く。もう一人の同伴者も、倣うように彼に続いた。
「相変わらず、ここは凄いね」
「…まあ、普通ひとは立ち入れない場所だから」
山陰に隠れ、また鉱石がひしめき合う岩地のせいで、草花は生えず光は翳っている。そのくせ、時折ちらちらと太陽光が差せば、輝石の結晶たちはたちまち銘銘の色で反射を返して輝く、狭い谷間の土地。
自分の目で見なければ、おとぎ話か異世界か、何にせよ空想の類だろうと思われるような風景にナキアは溜息を吐いた。
「テッドって、意外とロマンチストで空想家だったからなあ。似合ってると言えば似合ってるよね」
そうして苦く笑んで、彼は隣の少年の右手に向かって「聞いてる?」と語りかける。それに、右手の主であるリディルは同じく苦笑した。
「…僕は、もっと暖かいところで、人のぬくもりがある家で…が、良かったと思うけど」
「…それは、そうだね」
けれど、長い間ひとの生死と逃亡の孤独に苦しんだテッドだ。300年続いた彼の世界がこの清冽で嘘みたいに美しい場所で終わったというのも象徴的な気がして、墓参に訪れた二人は同じく空を見上げる。
険しい山陰の向こうに、澄み切った空が見えた。
300年を生きた少年は、自らの世界が果てる時、何を思って逝ったのだろう。
それを見取った少年と見取れなかった少年は、高くて近い空をしばし見詰めて立ち尽くした。

ここは、竜を駆る者以外は滅多と入り込めない場所だ。そして未踏の地だからこそ、谷の正確な位置がはっきりしないためテレポートも使い難いというのが風の魔法使いが語ったところだ。
少々着地地点がずれて谷底へ落ちたり大連峰の只中に放り出されても良いなら送ってあげる、秀麗な眉間に皺を寄せて言い放ったルックの顔を思い出し、同伴の少年は小さく笑みを漏らした。
ここは、鳥や竜といった翼ある者たちと、空間を繋げる門の紋章でしか来られない場所だ。墓参に来た二人が黙りこくってしまうと、輝石が風に流れる小さな音以外は殆どが消え失せて耳の奥がキンと痛い。
そこは恐ろしく静かで美しい場所だった。そして少し寒く、寂しい。
以前はあったメースの鍛冶小屋も現在は放棄されて久しい。もう、この谷には自分たち以外の人間は居ないのだ。
「…そろそろ戻ろうか」
掛けられた声に、リディルははっと顔を上げた。目線を上げると、横に立つナキアと目線がぶつかる。陰る陽光とちらつく反射光のせいで、深い静かな色に変化した彼の碧い瞳は普段目にできないものだった。
触れるか触れないか、ギリギリの位置で肩に添えられた手に気づき、リディルは軽く頷きを返す。
途切れた道は、空に突き出した位置のまま、ただ静かにそこにあるだけだった。ここに留まってもテッドは現れない。何を思ったのか尋ねることもできない。
リディルは、無意識に己の右手へと左手を宛がった。そして労わるようにそれを撫で摩る。
慈しむようなその所作に、ナキアは目を細めて彼を見た。そして、その目線に首を傾げるリディルを見て微笑みかける。
「行こう」
先に踵を返したナキアに続き、リディルも崖に背を向けた。降りるまでには幾らかの妖獣を相手にせねばなるまい。彼は一度だけ崖へと視線を走らせる。そこにはあの日見た、苦しげな、けれど笑みを浮かべた親友の幻が立っていたが、そこに彼を立たせているのもまた自分なのだとわかっていた。
また来るよ、テッド。でも、もう君はここに居ない方が良いんだよな。
苦笑を漏らして、リディルはひとつ瞬きをした。目を閉じ再度開くと、そこにはもう幻はない。
遠くで竜のいななきが谷に響いた。

作品名:竜が好きだった少年へ 作家名:ゆきおみ