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竜が好きだった少年へ

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谷の入り口まで戻り竜に跨れば、あっという間に目に映る景色は様子を変える。目鼻を外套で覆い、落ち着いてゆっくり呼吸するよう指示をされた直後、ふわりと体が消失するような感覚と共に竜は空の中へと飛翔していた。周りは見渡す限りの雲海。顔に当たる風はきつく、そして冷たい。一度口を開き会話を試みたが正直厳しかった。高い空気の中を飛ぶために息が続かず、以前は降りる頃に気分を悪くしてしまった覚えがある。
だから、ナキアはじっと目の前に広がる空の景色を見つめていた。海とはまったく違う、淡い青が迫る世界を飛んでゆく。時々、跨った足元をさらさらと撫ぜる鱗の硬質が、けれど派手な呼吸音と共に蠢くので、彼らも動物なのだと思って温かい気持ちになった。実際は温度などなく、むしろひやりとした体躯なのだが、不思議なものだ。

テッドは、竜が好きだったと聞いた。聞いたのはずっと昔のことだが、乗る度に思い出すのは仕様のないことだろう。だいたい親友と呼んだ少年の前では子供の貌を見せていたらしい彼だが、竜に関わるあれこれに関しては、まったくもって素で子供だったらしい。無理もない、150年を生きても飛竜に遭う機会など確かになかった。テッドは300年生きたが、触れ合う機会などそれでもなかったろう。せいぜい空をゆく影を見た程度だったと思う。
空を愛したテッドらしい感慨だ、と思った。そして、皮肉だなとも思う。
墓参のために数年に一回、こうして竜に乗るようになった。こんな手配ができるのは、テッドから紋章を継承した彼が竜洞の既知を持つこと、そして中立である彼らが墓参という目的故に協力的であること――この二点に尽きる。テッドのために、こう頻繁に竜に乗る機会を得ているのだ。本人が聞けば大層憤慨するだろう、そう以前に笑って言ったら、彼の魂は紋章にあるのだから一緒に飛んでいることにもなるのではないかと苦笑で返された。だから許してもらおう、と。

テッドの魂は、同伴する少年の右手にある。それは疑いようもない事実だ。だから、彼らは墓参などしなくて良いのかもしれない。弔うべき存在は常にすぐ傍にいる。あの美しく荒々しい山陰の谷間にはない、ということも事実なのだけれど。
自分たちは何のためにこうしてあの谷へと向かうのだろう、ナキアは思った。それはもしかすると、テッドを竜に乗せるためかもしれかった。もしくは、彼の世界が終わった場所で、彼を通して自分を見詰めたいだけなのかもしれない。

目の前に広がる青は、やはり海とは違って見慣れない色だった。これはテッドが愛した空の色だ。
彼とはもう話すことも触れ合うこともできない。けれどこの青を見れば、まだ彼の愛した世界を愛することができそうだと、そう思った。
作品名:竜が好きだった少年へ 作家名:ゆきおみ