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呪いと祝福、愛情と憎しみ

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 それから百年近くの時がすぎた。その日一人の老人が天寿を全うし、死の淵へと旅立った。多くの家族に囲まれて、幸福の典型のような人生を歩んできた彼は、しかし彼岸にたどりついて、一つ、ため息を零していた。
 死んだ時の老人の姿ではなく、若かりし頃の姿で三途の川の傍を、他の亡者に混じって歩く。何処へ向かえばいいのかわからない者たちとは違って、男は迷わずまっすぐ、慣れた道でも進むように、閻魔殿へと向かおうとした。
「ちょいと待ちな。何してんだい。あんたの行先は、そっちじゃないよ」
 不意に声をかけてきたのは老婆だった。それも、顔なじみの老婆だ。生きていた時に知り合ってのではない。それよりもずっとまえのことだ。
 動かない男に苛立つように、老婆ははぎ取った衣装の山の中から、それとは別の、丁寧にしまいこまれていたらしい黒い着物を男に押し付ける。
 広げてみれば、背中には、鬼灯の染め抜きがある。
「朧車用意しといてやったから、行っておやり。鬼灯様」
 もう一度ため息をついて、鬼灯はその着物に袖を通した。
「あのバカも、余計な呪いをかけてくれたものです」
 騒動に驚いたのではなく鬼たちがざわめく中、朧車に乗り込んで、鬼灯は奪衣婆が示した場所に向かった。
 車の中で、目的地につくまでの間、再び体験した人間の生を振り返る。一度目とはまるで違って、父が居て、母が居て、兄弟が居て、妻にも子供にも孫にも恵まれた。あまりに幸福な生涯だった。誰の仕業かは、考えなくてもわかる。
 そもそも吉兆の神獣なのに、呪いなんて不釣り合いすぎるのだ。
 車から降ろされ、かつては通い慣れた道を歩く。
 桃園の真ん中にぽつんと立つ小さな漢方薬局。その外で草刈りをしていた青年が、呆然とこちらを見返すのに、御無沙汰をしましたとだけ告げ、中に入った。
 入ればそこで、変わらぬ姿のあの男が、鬼灯を待っていた。
「よくもまあ、私に呪いなんてかけてくれましたね」
 開口一番文句を言えば、悪びれもせずに白澤は笑って見せた。。
「すごく、幸せだっただろ?」
「ええ、気が狂いそうなくらいに」
 白澤が鬼灯に与えたのは、幸福な人生を歩むための祝福。それから、もうひとつ。鬼火と一緒に魂に刻み込まれた、鬼灯の記憶。漂白され、忘れるはずなのに、鬼灯は人間として生まれ変わっても、忘れることができなかった。
 鬼灯は、鬼灯としての記憶を持ったまま、違う人間としての一生を送らざるを得なかった。それは思いの外苦しいものだった。
「寂しかった? 僕が居なくて」
「まさか。殴りたい相手が目の前にいなくて、腹が立っていただけですよ」
 白澤が笑う。
 にぎりしめた拳を白澤の顔めがけて振り上げ振りぬく。しかしそれはあっさりと白澤に遮られた。
「鬼火と丁が一つになった鬼灯の魂の本質は、鬼のまま変わることはないから、そのうちお前の姿も元に戻るだろうけれど、それでも49日が過ぎるまでは、お前はただの人間だよ。その間は僕の、言いなり。閉じ込めて、誰にも渡さない。もう二度と、離さない」
 きつく抱きしめられて、身動きも取れなくなって、鬼灯はもう一つため息をつく。
「貴方、ヤンデレの気があるんじゃないんですか」
「お前に比べたら全然だろ。何千年も僕に惚れてたのに、一言も言ってくれなかったお前よりは全然マシ」
「たった49日で私を飼いならせると思うなよ、駄獣」
「そっくりそのまま返してやるよ。神獣の力を舐めるな、人間風情」
 お互いにお互いを罵りあい、そのまま噛みつくように貪るように、口づけを交わした。
 甘さなんて微塵もなく、恋人というには危険すぎる。けれど自分たちはこれでいいんだと、鬼灯も白澤も、同じように思っていた。