Night on the Galactic Railroad
サウザンクロス
●
「よっしゃあー!海だー!!」
サンダルに海パン一丁のザックスが、子供の様にはしゃいで海岸に走って行く。引っ張られているクラウドが、よろけながら後について行く。後ろから、水着姿のティファとエアリスが、はしゃぐザックスに苦笑いしながら続いた。
ザックスがクラウドを連れて、ばしゃばしゃと水飛沫を上げて海に入る。ティファが後ろから声をかけた。
「ちょっと男子!ちゃんと、日焼け止め塗りなさーい!」
コスタ・デル・ソルの日差しは強い。油断していると、男だって日焼けで水ぶくれが出来てしまう。特にクラウドやティファは、北国育ちなので日焼けしすぎの火傷には要注意だ。
ザックスがクラウドを連れてティファの所へ飛ぶ様に走り寄って、自分とクラウドに日焼け止めをべたべた塗って、また海に戻って行った。目にも留まらぬ早業だ。
ティファは呆れて、パラソルの下に座っているエアリスの隣に腰を降ろした。エアリスがうふふと笑いながら、クラウドに水をかけているザックスを眺めていた。
「まったく子供みたいなんだから」
「いいじゃない、振って湧いたバカンスだもん。楽しまなくっちゃね」
「まあ、そうなんだけど…」
「うふふ、そうねえ、ザックスにクラウド独占されて、私も、ちょっと寂しいかも」
「な…っち、ちがうわよエアリス!そんなんじゃないわ!」
ティファが泡を食ってエアリスの言葉を否定した。エアリスは、またまた~素直じゃないんだから。とティファの鼻ををからかい半分につっついた。
ティファは肩の力を落としてエアリスを見た。もう、エアリスにはかなわないんだから。何だって見透かされている。そりゃあ、ティファだってクラウドとザックスが四六時中べったりなのを見て、寂しさが無い訳では無いのだ。
「クラウド~!楽しいか!?」
ザックスがクラウドの手を引いて笑いかけた。クラウドが釈然としない顔をして答えた。
「わかんない…」
「ばっか!こう言うのを楽しいって言うんだって!な!?楽しい!言ってみほれ」
クラウドはちょっと考えて、ゆっくりと頷いた。
「…楽しい」
「だろー!?」
ザックスがにっこりと笑った。クラウドも嬉しそうに微笑んだ。浜の方から二人を呼ぶ声がする。ユフィだ。
「おおーい!スイカ貰って来たよー!」
水着姿のユフィが、スイカを持って二人に向かって手を振っていた。バイト代の足しに貰って来たのだろう。隣に棒を持って腕組みするバレットの姿もある。レッド13は熱そうに舌を出して波打ち際にプカプカ浮いていた。
「やったー!クラウド行こう!」
ザックスが諸手を上げて浜の方へ駆けて行った。クラウドもゆっくりついて行く。
日はまだ、正午を指していた。
●
「……楽しいだろ」
「うん…」
きらきら光った海岸が遠ざかって、静寂が訪れた。ザックスが、クラウドに振り返って言った。
「また列車に戻るのかよ」
「それは…だって戻らなきゃいけないから」
クラウドが困った様に眉を下げて言った。ザックスが両腕を広げて抗議した。片につけた防具ががちゃんど音をたてる。
「なんでだよ!あそこにどれだけのものがあるって言うんだ!?ここには全部ある!俺がいて、お前がいて、エアリスもティファも、みんないる」
ザックスの剣幕に押されてクラウドは、よろめいてたたらを踏んだ。さらにザックスが食ってかかる。
「何が駄目なんだ!?お前の母親がいないのが駄目なのか?じゃあ、ロケット村辺りに電話してみろよ、いるから」
ザックスの隣に、机に乗った電話が浮かび上がった。ザックスは受話器を取ってコールする。三回、電話の鳴る音がして、すぐに誰かが出た。
『もしもし』
ザックスはクラウドに受話器を差し出した。クラウドは驚愕してその声を聞いていた。受話器越しだが、それは紛れも無くクラウドの母の声だった。
『クラウド?』
受話器の向こうから声がする。そんなはずはない。だって母さんは死んだんだ。あのニブルヘイムの惨劇で。生きているはずがない。クラウドはザックスの手から受話器をもぎ取って、フックに叩きつけた。
死んだ。母さんは死んだんだ。死んだ。そうだ。考えて見れば、ザックスも、それにエアリスも、死んでいるじゃあないか。何故今まで思い出せなかったんだろう。
「…どう言う事だよ…」
「どうもこうも、言っただろ、お前が望めば、何でも叶うんだ。お前のお袋さんはニブルの惨劇を生き延びて、山を越えてロケット村に逃げだんだ」
「ち、違う」
クラウドは頭を振ってザックスの言葉を否定した。ザックスが違わないと言いながら、クラウドに詰め寄った。
「違わない。お前のお袋さんは生きてる。そうだ。お前が望むなら、お前の親父さんを探してもいい。死んだって聞かさてたんだろうけど、きっと生きてるよ。な?一緒に探そう。きっと見つかる」
「止めろ」
「止めない」
クラウドの額から珠の様な汗が滲んで顎を伝って滑り落ちた。ザックスがクラウドの手首を掴んで彼の耳元で囁いた。
「なあ、クラウド、列車を降りて俺と行こう。これはお前だけの望みじゃない。俺もお前と一緒にいたいんだ。なあ、良いだろ?俺達ずっと」
「そこまでだ」
背後から明朗な声が轟く様に響いて、二人は振り返った。帽子の鍔に手をかけた車掌がそこに立っていた。
ザックスがチッと舌打ちをする。車掌がゆっくりと帽子を脱いだ。クラウドの瞳が驚愕に揺れた。
「ザックス…」
「そうだよ、俺だよクラウド」
車掌の格好をしたザックスは、縛っていた髪を解くと、懐かしそうにクラウドに笑いかけた。クラウドは訳が分からず二人のザックスを交互に見た。車掌の姿をしたザックスがクラウドに手を差し伸べる。
「そいつに騙されるなクラウド、列車に戻るんだ」
「騙すだと!?」
クラウドを掴んでいるザックスが、怒気を上げて向こうのザックスに怒鳴った。向こうのザックスは、うろたえる事無く、飄々と立っている。
「そうさ、お前はクラウドを騙してる。お前はジェノバだ」
「違う!俺はザックスだ!お前だ!俺はお前だ!」
ザックスは歯を剥いて、物凄い形相で向こうのザックスを睨みつけた。向こうのザックスが僅かに眉を顰める。
「…違う」
「違わない!」
「違う!」
「違わないさ!そうさ、確かに俺を今構成してるのはジェノバだ。でもこの気持ちはお前の物だ!お前から別たれたものだ!お前自身の欲望だ!俺はお前の中のジェノバなんだ!」
向こうのザックスはもう否定しなかった。彼の目は苦々しげにこちらのザックスを見つめている。別たれたもの。二人のザックス。片方はジェノバで出来ていて、ザックスの、彼自身すら気がつかなかった隠された欲望を、そっくり写し取っていた。今は別々だけど、心は元は1つだった。どちらのザックスも、真実ザックスだ。
「…戻るんだ、クラウド」
向こうのザックスが、クラウドに向かって更に両手を差し出した。
クラウドは、自分を掴んでいたザックスの手を振り切って、二、三歩前にまろび出た。
「クラウド行っちゃ駄目だ!離れるなって言ったじゃないか!」
背後からザックスの声がする。クラウドの体がびくりと跳ねて歩みが止まった。向こうのザックスが、更に手を広げてクラウドを招いた。
「戻るんだクラウド、お前の意思で」
作品名:Night on the Galactic Railroad 作家名:അഗത