Night on the Galactic Railroad
ザックスがスプーンを拾い上げて椅子を立て、クラウドをそこに座らせながら言った。フキンを取り出して手馴れた仕草でテーブルを拭く。ティファは指差されたソファの上に荷物を置くと、自分もその横に座った。
「散らかってなんかないわよ、綺麗でびっくりしちゃった」
ザックスがティファを見て、本当?と聞き返した。ティファが頷くと、ザックスは喜んで手をたたいた。
「嬉しいぜ~俺ってマジ完璧。専業主婦もイケちゃうかも?なあどうだ旦那さん?」
ザックスはおどけてクラウドに話しかけているが、反応は無い。ザックスは気にしてい無い様子で、水屋に立つと、お盆に二人分のコーヒーを乗せて帰ってきた。
「砂糖とミルクは?」
「えっと、うん。下さい」
ザックスは砂糖とミルクをティファに寄越して、彼女の向かい側のソファに座ると、ちょっと照れ臭そうに笑って舌を出した。
「ごめん。さっきの俺完璧っての、嘘。本当は半分女の子に手伝ってもらってんの」
「…へえ…」
あ、料理とかは俺がやってんだけどね、とザックスが頭をかいた。ティファはコーヒーを口に運びながら部屋を見た。道理で所々が可愛らしい筈だ。全体的には男臭いのだが、見栄えが良い様に丁寧にいけてあるお花もそうだし、チョコボ&モーグリの柄をしたフキンとか、持ち手の先っぽが花形のスプーンとか、細々した所に、女子っぽい雰囲気があった。
きっと心根の優しい、気配りの出来る子なのだろう。部屋の端々から、その子の暖かい雰囲気が感じられる様な気がする。しかしザックスとクラウドの関係が、今一見えてこない。今は神羅とは関係が切れている様で、部屋の中にそれを匂わせるものは無い。
けれど危ない仕事をしていると言うのは本当の様で、壁に手入れされた大剣と、その隣に二本の刀が寄り添う様に立て掛けられていた。ザックスが天を仰いで息を吐いた。どこから話そうか迷っている様だ。彼は暫く逡巡した後、おもむろに服を捲って肌をティファに見せたので、ティファは赤面して顔を手で覆った。
「きゃ、いきなり何するの」
「んー長い話になるから、傷見せた方が早いと思ってさ」
「傷…?」
ティファが目を覆っていた手を顔から離してザックスを見た。彼の胴体には無数の弾痕があった。赤みの引かない引き攣れた痕が生々しい。
「神羅にやられた。今も捜索されてる。俺はクラウドの病気治す為にここで何でも屋やってんだ」
ザックスはぽつぽつと今迄あった話を語り始めた。セフィロスの凶行の理由。捕らえられた先で施された人体実験。そこから脱出した後の決死の逃亡劇。
そして、あの時クラウドもニブルヘイムにいて、殆ど刺し違えてセフィロスを倒したと言う事。
ティファは目を見開いてクラウドを見た。見開かれた目から熱いものが一筋流れて、彼女の頬を伝った。クラウドはあの場に居たのだ。ティファをずっと見守っていてくれていたのだ。
幼い頃の約束を違えずに、彼女を守ろうとしてくれたのだ。クラウドがティファの視線に気がついてゆっくりと彼女を見た。作り物めいた瞳がティファを捉えて、彼は椅子から立ち上がってティファに歩み寄った。
「ティファ」
クラウドの腕がティファの頬に伸びて、指の腹で流れる涙を掬った。宝石の様に蒼く輝く不思議な目に見竦められて、ティファの頬が熱くなる。クラウドの唇がぎこちなく動いて、言葉を形作る。
「く…るしい、の?」
ザックスは酷く驚いた様子でクラウドを見ていた。ティファは慌てて指先で涙を拭って違うの。と弁明した。
「違うの、クラウド。私…私嬉しくて」
ティファが振り切る様に顔をぺたぺたと叩いたので、クラウドはティファの頬から手を放した。ザックスがほえーっと素っ頓狂な声を上げた。
「すげえよティファ!こいつ今まで自分から動く事なんて無かったのに」
「そ、そうなの?」
ザックスが立ち上がって嬉しそうにクラウドの手を引いて自分の隣に座らせた。うん、そうなの。とザックスが頷く。
「もうまるっきりロボットみたいでさ、命令してやれば聞くんだけど、それも俺限定だし、第一ここまで回復するのにすげえ苦労したんだぜ。トイレとか憶えさせ…おっと、ごめんレディに。兎に角さあ、最初に魔晄中毒になった頃は、歩けもしなかったんだ」
そうかあ、お前ティファちゃんが気になるんだなぁ。と言いながら、ザックスがクラウドの頭を撫ぜた。豪快に撫でるので、クラウドの頭ががくんがくん動いて、もげそうな気がしてティファはちょっと怖かった。
「最近一人にするとふらっとどっか行っちゃう事が多くて、心配してたんだよ俺。なーんか何かに糸で引っ張られてるみたいで気味悪いしさ。でもティファに会ったら、こんなに自分の意思で動ける様になった」
それで首に鈴が下がっていたのか。ティファは納得して一人ごちた。この無法地帯のスラムでは、比較的治安のいい所なら別だが、一度悪漢に浚われでもしたら迷子札なんか全然役に立たない。鈴なら音がするので、探しやすいし、さっき近づいた時、鈴の中にごく小さな赤いランプが灯っているのが見えたので、多分GPS付きなのだろう。
鈴に偽装していれば、アクセサリーと思われて、そうそう奪い取られる事もあるまい。ザックスのまるで親鳥の様にクラウドを気遣う気持ちが見て取れた。二人はティファの目も気にせず仲良くくっついている。溺愛しているって感じだ。
「…お仕事、大変じゃない?」
「んん?へーきへーき、大抵クラウドと一緒にやってるし軽いもんよ」
「えっクラウドも一緒に行くの?」
ティファは驚いて声を上げた。と言う事は、壁の刀は彼の物だろうか。留守番してばかりだと思っていたから意外だ。ティファの疑問を察して、クラウドくんなかなか優秀だよと言いながら、ザックスがポケットを探りだした。それから、じゃじゃーん魔法の杖~と言いながら小さな機械を取り出した。小型のボイスレコーダだ。
「これに俺の声が録音してあんの。一緒に仕事する時は俺が命令するからいいんだけど、エアリス…あ、さっき言った女の子ね。エアリスと一緒に留守番してる時とかはこれでばっちりって訳」
ティファは関心してしまった。ザックスは甲斐性がありすぎる。悩みとかあるのだろうか。彼なら何だって上手くやりとげてしまいそうだ。思い切ってティファは聞いてみた。
「ねえ、ザックス。ちょっと相談があるんだけど…」
「ん?仕事の依頼か?ティファちゃんの頼みなら安くしとくよん」
さすがにそこら辺は抜け目無い。ティファは身を乗り出して二人に言った。
「アバランチの作戦に手を貸して欲しいの」
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「時間だ」
「ええーまだ良いだろ、いい所なんだから」
「駄目だ。列車に乗り遅れるよ」
言いながら、クラウドはソファから立ち上がった。汽笛の音が遠くから聞こえてくる。急がなくては発車してしまうだろう。
クラウドが歩き出した。後ろから、ザックスがだるそうにぶらぶらついて来る。クラウドはザックスの服の裾を掴むと、早足になって列車へと急いだ。
暫く行くと、二人の前に機関車の乗車口が見えてきた。車掌が乗車口の前に待ち構えていて、二人に言った。
「お帰りなさいませ。出発は一分後、小さな停車場行きで御座います」
作品名:Night on the Galactic Railroad 作家名:അഗത