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Hesitatingly

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 水色のユニフォームを着た細い小さな体が、それよりずっと立派な体格の少年たちを追い抜いていく。水色とはよく言ったもんだなあとぼんやりぼくは思っていた。だって今のあの子は本当に岩場をすいすい抜けていく川の水のようだったんだ。
 もう試合は後半の残り五分、いつもなら大騒ぎしながら応援してるんだけど、今日だけはぼくはそれを目で追うだけだった。いつものように騒いで後であの子に怒られるのが良かったのか、いっそここに来なければ良かったのかどっちつかずでただそこにいた。
 そして、ようやく水がせき止められたのはあの子より更に小柄な少年の前だった。
 あの子が唯一認めた相手だ。ぼくがあの子を止めてくれると唯一思えた少年でもあった。
「カケルちゃん」
 小さな小さな声で呟いた。
「がんばってね」
 ちらとこちらにカケルが目をやったのが、その声が聞こえたからかそれとも後方のチームメイトの影を確かめたせいなのかは分からない。どっちにしたってぼくは笑った。
「がんばってね」









 Hesitatingly











 公式試合に出ることはなかったけど、カケルは近隣の高校では充分に有名人だった。練習試合しか出ない、でもバカみたいに強いバスケ少年がいるって。いや、有名だったのは何を考えてるか分からないような態度と公式試合に出ないこと自体かもしれなかったけど、いくらそれに尾ひれがついても敵わないくらいカケルはバスケが上手かった。シュートは投げれば九分九厘入るし、ほとんど誰にだって抜かれたことはない。
 その中で、カケルよりいくらか背の低い、レギュラーですらなかった少年がカケルを出し抜いたことが一度だけあった。勿論終盤でカケルが憔悴しきっていた状態の話だったけど、未だに半年前のその話をあの子は嬉しそうに話す。わき腹を風がすりぬけてったみたいだった、と他にないほどの笑顔で。そのたびにぼくはほんの小さな嫉妬を覚えていたのだけど、あの子がいつもの仏頂面に戻るよりは笑っていた方が良かったから口には出さなかった。
 あの子を抜かしたその少年はショウという名前だった。「翔」って字を書くらしくて、カケルはそのこともいたく気に入っていた。
 
 そのショウがカケル独特の極端に低い大勢をどうすれば破れるか判断しかねている内に、カケルは自分より背が低いはずのショウの広げた腕の下をかいくぐってスリーポイントのラインまで走り抜けた。
 そして一瞬の"ため"もなくボールを放とうとして、赤の14番がそれを阻んだ。もう、追いつかれた。
 今となっては彼もレギュラーの一人で、決してあの時のように補欠で後半だけ出たわけじゃないのに、全く前半と変わらない…いや、むしろ終盤なのに最初より今の彼は随分速かった。
 カケルもショウほどじゃないけど背は周りに比べて大分低い。だから、ショウが飛び上がったら余裕で背の低いあの子が投げることができるシュートの軌道はふさがれてしまう…そういう位置をショウは多分計算じゃなく体でマークしていた。
 小さくカケルが舌打ちするのがみえた。でも、同時に凄く楽しそうに目が笑っていた。
 あと二秒もしたら撒いた相手チームのメンバーが下がってくる、わずかに向こうが点をリードしてるから攻めることより守ることに必死でしかも出ずっぱりの水色エース14番はもう肩で息をしている状態だ。
 それでも、カケルは、まっすぐにボールと、ゴールと、そしてショウだけを見つめていた。焦点の合わないようないつも虚ろな瞳がこのときばかりは綺羅めいてカノープスみたいに輝くのをぼくは知っていた。
 ああ、良かった、今日も「彼」は楽しそうだ。目を思わず細めて笑ったけど試合をしっかり見つめようとぼくは改めて目を開いた。
「ばかだな」
 呼吸と同時に一言だけカケルは呟いて、その青い目を睨みつけているまだ幼さの残る少年を嘲った。
 ショウがはっとした表情をした瞬間にはもうカケルはその股下にボールをくぐらせていて、勢い良く跳ねたその音に気をとられた少年は簡単に左側へのガードを緩めてしまう。ショウの利き手と利き足は両方右。気を抜けば先に甘くなるのはいつも左なのだ。
 カケルの首に巻いた白い布きれがはためいて、それがあの子が動いた後の軌跡だと認識する頃にはもうその手には吸い付くように球があった。それを愛しそうに見つめてから、まるで周りに集まってきた赤い火のような色をした集団の存在など嘘だと言い張るみたいにカケルは朱色の輪を見据える。

 普段ほとんど四足の動物のように低く走るカケルの背が不意に伸びて、安っぽい体育館の床に張られた色付きテープから黒いバッシュが浮いた。

 遮るものは何もなかった。
 音さえ聞こえないくらいに、まっすぐに、
 カケルの放ったボールは網も揺らさずゴールの中に吸い込まれていった。




「ち…ちくしょお…」
 頭を抱えて相手チームのベンチで一人唸っているショウをぼくは苦笑いで眺めていた。
「バカとは何だよバカとはー!」
 きっとそれに腹が立つより悔しいのが本音なんだろうけど、上手く言葉にならなくて先にそっちへの文句がでてきたんだろう。いつもそうなんだ、彼とカケルが対峙した後はいつもこんな調子だった。
 やれヘラヘラ笑うなだとか、県大会で勝負しろだの、こちらのベンチまで詰め寄ってきては元気のいいことこの上ない。
「おいカケル!」
 今日も来た。
「お前、幾らなんでもばかとか、酷いだろっ」
 上手く言葉が繋がっていないのもいつものことで、それをカケルがスポーツドリンクについていたストローを齧るのに夢中で聞いていないのもいつものことだ。
 向こうのチームでは「本当のことんんだからしゃーねーだろ」とか、暴言を吐いたカケルに対するブーイングよりもショウをはやしたてる声の方が大きいみたいだった。あとは一応勝ったんだからいいじゃないかとか、気楽な言葉だけだ。何ていうか、あの学校のああいうところぼくは嫌いじゃなかった。
「…ばか、というのは馬と鹿を見間まちがえるようなやつのことを言う」
「いくらなんでも間違えない」
「前しか見えていないやつもにたようなもの」
 座っている体勢から、立っているショウの顔を下から覗くように目をめぐらせてカケルは口元のストローを歯で上にはねて見せる。口の端が攣りあがっているのを見るとバカにしているみたいだ。ぼくでさえ本意はちっとも分からなかったけど。
「こ…っこいつ…!おかげでまた俺いいとこなしだし…」
「俺より強くなればよかっただろう」
 ようやくカケルはストローを指に挟んで口元から離し、ぼくの方にそれを放る。持ってろって?
 そしてすい、と立ち上がって自分より少し背丈のない少年に向かって拳を突き出す。
 思わず以前ショウがバスケをしてるのが好きな子のため云々って言ったときカケルがそれに腹を立てて彼の頬をひっぱたいたのを思い出して身を縮めたけど、いつまでも周りからはそういう類の騒ぎが起こらなかったからいつの間にか閉じてたまぶたをぼくはおそるおそる開けた。
 カケルは、拳をショウに向かって突き出しているだけだった。
作品名:Hesitatingly 作家名:工場の部品