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はぐるい

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 『はぐるい』




 ナカジって変なやつだ、と俺は思う。
 他の奴らもナカジのことを変な奴だって言うけど、そういう意味…何ていえばいいかな、見た目からして怪しいとかそういう変じゃなくてさ、すごく面白い考え方してると思うんだよ。ナカジに言わせれば逆に俺が単純すぎるんだって話なんだけど、どうなんだろう?
「こんな所に呼び出して何の用だ」
「ナカジィ、テーブルに足乗せるのは良くないと思うんだけど」
「…そうか」
 そう言ってきちんと両足をそろえて地面につけて、おまけに両手もきっちり足の上に乗せたもんだからあんまりさっきの座り方と違っていて思わず笑った。
 結構、変なところで素直なんだよなあ、そういうところ好きだなって言ったら、怒られたことがある。
「そんなにかちかちでも変じゃない?」
「…」
 じゃあどうすればいいんだって顔をして、ナカジはとりあえず腕を組んでみたみたいだった。
 普通にしてればいいと思うよ。ただの喫茶店なんだからさ。うん、カフェっていうよりちょっと古めな感じの、喫茶店だ。ナカジと初めて話をした場所。
「それで、用は何だ。特に無いなどと言ったら帰るぞ」
 砂糖を入れてないコーヒーを口に含んだナカジはしかめっ面になった(と思う)。絶対に砂糖は入れないけど、本当はナカジが苦いのが苦手なんだっていうのを知ってる人はそんなにいない。カッコ付けなんだ。
「ナカジのことさ、先生に話したんだ…あの、ほら担任の、そう、オサ…DTO。俺が最近入ったバンドのリーダーやってんだけどー」
 そこで一旦、自分の方のコーヒーにスティックの砂糖とポーションのミルクを入れてかき混ぜる。真っ黒なコーヒーが、優しい色になった。
「ナカジの曲、聞いてみたいって言うんだ」
 そこで一口。甘苦い味がからからになった口の中にしみた。ナカジが多分怒るんだろうなって思ったから、深呼吸の代わりだ。キレると恐いんだ。
「ナカジ、ハコ映えする声してるし…いっぱい人のいるところで歌ってみたら?」
「…人の集まるところは、嫌いだ」
 思っていたよりは柔らかい言い方にほっとして、冷めたコーヒーを飲み下す。
「まともに人前で歌ってないなんて、勿体無いって」
「何度言えば分かる。二度とああいった場所では歌わない。…嫌いなんだ」
 ナカジは何でも嫌いだって言う。
 人が嫌い、犬も嫌い、陽の光も嫌い。俺はナカジの口から好きなものを聞いたことがなかった。
「じゃあさ、どうしてあの日は人前で…しかもあんな沢山人がいるところで歌ったんだよ」
 丁度こっちに越してきて間もない頃、俺は一度だけナカジが歌っているところを見たことがある。
 …あの日はサーフィンで知り合った人にライブハウスに連れて行ってもらったんだけど、本当は全然乗り気じゃなかった。あんまり雰囲気のいいところじゃなかったし、知り合った人っていうのもそんなに仲がいいわけじゃなかったから。
 そんな中で、ナカジが今日今目の前にいるのと同じ格好で…学ランに下駄にマフラーに角帽のままで、ステージに立って一曲だけ歌ったんだ。
 それに惚れこんで俺が話しかけたのがそもそもの知り合ったきっかけで、そのほんの何日か後に転校した学校の同じクラスになるなんて思ってもみなかった。
「知り合いにどうしてもと頼まれた」
 俺なんぞに頼んでも空気が冷めるだけだろうになァ、とナカジは笑った。この笑い方を何て言えばいいのか俺は知らなかったけど、どうも苦手だった。そんなことないよ、とせまいソファ型のイスの上に体育座りをして、指を組んでみる。
「俺は、好きだよ。あの日のナカジのうた。」
 タローは何でも好きだという。
 人が好き、犬も好き、太陽も好き。俺はタローの口から嫌いなものを聴いたことがなかった。
 そういえば、お前は初めて話しかけてきた時も「君の声が好きなんだ」とふざけたことを言っていた。
「お前には嫌いなものがないんだろう」
 石こうと同じ色をしたクリームにフォークを突き刺して、そのままタローはこちらを上目遣いに見やって(少し腰を屈めていたからだ)驚いたような、困ったような曖昧な顔をして見せた。
「そんなことない」
 体の一部をさらわれてどろりとした暗い青紫の液体がかかったケーキは、バランスを崩して横になった。下手くそ。
 それでも目の前の男はそれを気に留めることもなくブルーベリーソースをスポンジですくっては口に運んでいた。
「なら一つ挙げてみせろ」
 つま先に下駄を引っ掛けて、足を組んだ。それを見てか、タローは口の先を尖らせる。
「ナカジのいじわる」
「俺は意地が悪いわけじゃない」
 根性がひねくれているのだ。自嘲して口の端をゆがめたら、タローはまたそういう顔をする、とフォークの先を舌でちろりと舐めた。そしてそうだなあ、と目を泳がせてそれがしまいに机の下のほうまで落ちていく。
「…いじわるは嫌いかもなぁ、ナカジはいじわるの塊だ」
「ならお前は俺が嫌いなんだ」
「あれ、そうか」
 どうやら否定はしないらしい。いや、多分結論にまだ行き着いていないんだろう。
「…うん?変だな、俺、ナカジは好きだよ」
「ならお前は意地悪も好きなんだ」
「あれ、そうか」
 そらみろ。ついにはこらえかねて、笑い声があがった。大笑いする俺を何も分かっちゃいない空の頭が斜めになって見ていた。
「馬ぁ鹿」
 そこでようやくからかわれているのだと気づいたようで、しかしどこを笑っているのかは理解できないタローはとりあえずフォークを皿の上に置いたらしかった。
「ばぁか」
「二回も言わなくていいのに」
 三角座りになった膝を引き寄せ、少なくとも正式な名称は無さそうな座り方をしてタローは唇をきゅっと結んだ。言いくるめられたこどものようだった。
「何が、そんなにおかしいのさ」
 お前がそんな顔をするのがだ。
 苦い珈琲をまた一口飲むと喉に張り付いた。
「…ナカジィ、話逸らしたろ」
「それに気づいたんならお前にしちゃあ上等だ」
 仕方なしに脇に置いてあった角砂糖をぽちゃんと一粒。ああもう温くなっているから溶け切らないかもしれないな。それを見てタローがあ、と一声上げ、俺はそれを見咎めるようにその口元を見やった。
「…何だ」
「砂糖、入れるの初めて見たなあって思って」
 お前の機嫌はそのくらいで直るのか、直るみたいだな。
 俺だって普段は入れないさ、格好付けだから。口には出さないで逆にへの字に結んだ。
「苦いの苦手なのに、何でコーヒーなんていつも頼むの?別にメロンソーダが似合うとか思ってるわけじゃないよ!」
「…五月蝿い奴め」
 聞こえるように言ってやったのににんまりと俺の眼鏡を真っ直ぐ見ているものだから知らずに舌打ちした。
 大概の奴は軽く睨め付けてやれば押し黙るもんを、こいつはそうしたらそうしたでどうかしたのかと嬉々として訊いてきやがるから、しない。
「ならお前は普段飲まねえくせにどうして俺を相手にするときだけ珈琲を頼むんだ」
 置いたままだった砂糖の蓋を戻して、一つ溜息をつく。
「そうやって、また話逸らす」
「逸らしたのはお前だ、馬鹿」
 眼鏡を掛け直して見上げると、いつの間にかタローは背筋を伸ばしていた。珍しいものだ。
作品名:はぐるい 作家名:工場の部品