はぐるい
その顔は真っ赤で、珍しく目が半分ほど伏せられていて、云うなら
「馬鹿」
「だから、二回も言わなくたっていいだろ」
照れ顔だ。
「…お前の考えることは分からんなァ」
「何だよ、それー」
またからかわれてるんだって分かったらまた顔が熱くなった。
だってずるいじゃないか、あんな無関心なふりしといて、普段コーヒー飲まないってちゃんと知ってるんだ。
ずるい、やっぱりいじわるだ。
「意地悪」
口に出したらしつこいぞってナカジは俺の頬を引っ張った。そこ、口じゃない。しかもそのままつねるし。
「ナカジの考えてることのほうがよーっぽど分かんないって」
「そんな訳の分からん奴の歌を聞きたがるな」
机を挟んでたのにそれでもわざわざほっぺをつねるのがよく分からない。いつもなら何も言わずに一発蹴ってくるとかなのに。
あーまだひりひりする。
「だって、ナカジ歌うときだけ素直だから」
歌詞の意味は聞いてないってより難しすぎて俺には解らないんだけどさあ。
「それに、歌ってるときのナカジかっけーもん」
「……」
がたっ
「帰る」
「え、ナカジ」
「五月蝿い俺は帰る」
「俺奢るなんて言ってない」
「…」
ちゃりん
「なー 何だよ 何か用でもできた?」
「いいだろう、もう 話はついた」
「でももうちょっと話してもいいだろ、」
「…嫌だ」
タローはそれでも俺の後を付いてきた。
お前はこの辺りをよく知らないだろうに帰れなくなっても知らないからな
「俺、もっとナカジと話したいのに」
「俺はお前と話すことなんてない」
ナカジが肩をすぼめて大きな音を鳴らして歩く時は怒ってるかいっぱいいっぱいな時だけだ。
気が付いたら知らない路地裏にまでついてきちゃったけど、大丈夫かな俺ー
「ナカジ、」
「………」
「ナカジ?」
「…お前は」 「本当に」 「鬱陶しいうえに」 「恥ずかしい奴だな」
「意地が悪いのはお前の方だ」
「俺はいじわるなんてしてない」
本当に、恥ずかしい奴だ。
「それをちゃんと理解して、説明できたら…歌ってやらんこともない」
そう言ってナカジはカランコロン下駄を鳴らして更に歩くスピードを上げた。
慌てて追いかけたらそこにはもうナカジはいなくて、いつの間にか俺が知ってる道になってただけだった。
「…分かんねー」
カッコ付けだ。
下駄を放ったら裏を向いた。雨か。
「格好良い…ね」
馬鹿の考えることはちっとも解りゃしねえ。
そんな馬鹿にまんまとほだされかけた俺も判りやしねえ。
…あんな風に笑うのは意地が悪い。
歯狂いだ、俺はまだあつい頬を一つ叩いて歩き出した。